介護施設の経営や医療機器の開発などを行う芙蓉グループの代表を務める前田俊輔氏が、診断・治療支援AIの要点および今後の動向について語る連載コラムです。
皆さん、こんにちは。コラムも3回目となり、いよいよ今回は「診断支援AIがどんな役に立つか?」のお話をしていきます。これから説明する『安診ネット』は、状態悪化の早期発見が困難な高齢者に対してバイタルからテーラーメイド診断で異常値を発見し、医療リスクスコアを算出するAIを搭載しています。最終的に確定診断をするのは医師ですが、一般成人と異なる特性を持つ高齢者に対し診断支援を行うAIと言えます。
『安診ネット』は前回のコラムで触れたように、ベンダーが開発したAIではなく、臨床現場から生まれたものであり、現在も医療機関自らが臨床現場で検証しながら進化を続けている実践的なAIです。それでは『安診ネット』が現場でどのような使われ方をしているか、「AIによる健康管理編」と「ICTによる情報共有編」に分けて説明していきましょう。
現在『安診ネット』は、病院や介護施設等に導入されていますが、まずは先行導入された介護付き有料老人ホーム(100室)での「AIによる健康管理法」について説明します。この施設は従来、療養病院に入院が可能であった「癒やす医療」が必要な患者への受け皿として作られた施設で、平均要介護度は3.7と高く、多くの既往歴を持つ入居者が多数を占めるのが特徴です。そのため施設の健康管理レベルは病院並みを目指しています。
ここでの健康管理は、毎朝の介護士のバイタル測定から始まります。体温・血圧・脈拍・酸素飽和度の測定値は、端末に自動入力されます。また呼吸数や意識レベルを観察し、端末に入力します。これらのバイタルデータは熱型表としてグラフ化されるだけでなく、同時にAI(バイタルスコアリング処理)により医療リスクスコア(以下、スコア)が計算され、それに応じて「赤(警告:スコア3点以上)」「黄(注意:スコア2点)」「緑(スコア0-1点)」と熱型表に表示されます。なお、異常値(±2σ以上)が出た場合は再測定を促す機能がついており、介護士が自ら再検を実施し、その上で警告スコアになった場合はすぐに看護師に相談する体制になっています。
このスコアと端末に入力された症状異常の情報を基に「注意・警告一覧」が作成され、「看護記録」に転記されます。職員はシフト交代時にこれらの情報を見て、様々な状況を把握します。例えば看護師は勤務開始時に、スコアの高い順に並んだ「注意・警告一覧」を見て、バイタル測定を1日1回にするか2回にするかといった観察密度を定めたり、重点的に観察を行う対象者を決めたりしていきます(下イラスト)。
現場における医療リスクスコアの活用例を2つ紹介します。まずはAさん(93歳、女性)の場合です(下グラフ)。この方はスコア0点もしくは1点で長らく推移していましたが、ある日の朝のバイタルチェックで突然「スコア4」が現れました。この事から当日急性増悪したものと考えられ、実際、医師の診察により肺炎により入院という結果になりました。
次にBさん(93歳、女性)の場合です。この方は2日前より「スコア2」でしたが、医療介入するほどの状態ではありませんでした。しかし朝の定期測定の後、当日11時に容態変化が見られ、その場でバイタルを再度測定。結果「スコア5」と医療リスクが急増していることが確認され、医師の診察により、尿路感染で入院という結果になりました。
医療リスクスコアの活用により、看護師がグラフとにらめっこしながら、経験と勘に基づき患者特有のバイタルのトレンドを探る必要は無くなり、看護師のスキル差による健康管理レベルの格差が解消されます。また夜間看護師が不在の際に、介護士が何らかの異常を発見した際は、その場でバイタル測定を行い、そのスコアの結果から医療介入を要請するべきかどうかの判断の参考にもできます(下イラスト)。このように、加齢の影響で早期発見が困難だった高齢者に対しても、AIがテーラーメイドで判定することで、早期の医療介入や重症度評価を可能としています。
皆さんが「診断支援AI」に求める最重要項目は、その検知精度でしょう。そこで『安診ネット』は平成28年度からの厚生労働科学研究にて、医療介入に対する精度検証を行っています。最初の2年で高齢患者の罹患率が高い肺炎に対する後ろ向き検証を行い、「スコア3以上」では医療介入(入院)に対して、感度:64%、特異度:93%だった結果を受けて、2019年4月より半年間、スコア3以上の対象者に対し、全て医師が診断する検証を行いました。その結果、スコア3以上の対象者52件に対し、医療介入と診断された者が94%(49件)、その他状態悪化が認められた者が4%(2件)で合計98%(51件)※という高い精度となりました。医療介入に至った疾患は肺炎、心不全、尿路感染が多数を占めました。
介護現場の看護師は「バイタル」だけでなく、症状や既往歴の組み合わせで判断しますので、スコア1や2でも症状との組み合わせで搬送される場合もありますし、がんや消化器疾患、外傷、感染症のようにバイタル中心では検知が難しい場合もありました。今後さらなるエビデンスを出すには、様々な施設での前向き研究が必要でしょう。しかし少なくともこの現場の看護師と医師の見解では「警告が出たら必ず医師の診断が必要」との共通認識になっています。 ※この施設では重症度の高い患者が多いためこのような結果になったが、健常者が多い場合、一定程度(0,3%)誤アラートとなる可能性がある。
『安診ネット』の医療リスクスコアは、一人ひとりの特性を考慮しているため、絶対値基準に比べ、高齢者でも健康状態悪化の早期発見ができます。人間は一人ひとり顔や体型が異なるのと同様に、外から見えない体の組織も一人ひとり異なります。その患者ごとのタイプにあわせて最適な治療法を選択することをテーラーメイド医療(個別化医療)といいます。その個体差を疾患別に判別するのがバイオマーカーです。
現在バイオマーカーとして血中遊離DNAなどが注目されていますが、古典的なバイオマーカーとしてのバイタルも忘れてはいけません。バイタルをテーラーメイドに判定するには経時的なデータの集収およびその効果を分析する必要がありますが、バイタルの取得は自動送信付きの測定機器やウェアラブルの発達で容易となり、またクラウドの発達により安価に集積や分析ができるようになっています。近い将来「人間ってそれぞれ違うのに37.5℃で発熱とか同じ基準で判定していた時代もあったんだね」という時が到来した際、その恩恵を最も受けるのは、一般成人と異なり、加齢の影響で体温低下や、血圧上昇といった特性を持つ高齢者であると言えましょう。
次回は「ICTによる情報共有」や、心不全・肺炎に対する「診断支援AI」の話をしようと思います。お楽しみに。
前田俊輔
病院・介護施設の経営(医療法人芙蓉会)・医療機器の開発(芙蓉開発株式会社)等を行う芙蓉グループ代表。学士、現在長崎大学医歯薬学総合研究科公衆衛生学院生。2008年に病院経営に携わると共にICT健康管理システム「安診ネット」を開発し、2012年に老人ホームに導入。高齢者の病気の早期発見と重症化予防に高い実績をあげる。平成29~31年度厚生労働科学研究代表者のほか、経産省補助事業(医療AI開発他)・国交省補助事業(健康延伸住宅)の代表者を務め、(社)日本遠隔医療介護協会理事長として政策提言も行っている。