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AIが高齢患者一人ひとりの重症度を判定―診断・治療支援AIのこれから(4)

2020年1月30日(木)

介護施設の経営や医療機器の開発などを行う芙蓉グループの代表を務める前田俊輔氏が、診断・治療支援AIの要点および今後の動向について語る連載コラムです。

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ICTによる作業効率化は具体的にどうなっているのか

皆さん、こんにちは。コラムも残すところ2回となりました。今回は「(AIを含む)ICTが実際の現場で、どのように作業効率向上や情報共有に役に立っているのか?」についてお話をしていきたいと思います。現場のリアル感を知ってもらうために、前回取り上げた『安診ネット』の運用を行っている介護施設(図1)にて、職員自身が作成した日本慢性期医療学会の発表資料「介護施設でのICT活用による多職種連携への試み~職種や階層の壁をなくした情報共有~」を引用しながら説明していきたいと思います。

ICT活用を実際に行い、作業効率化を実感する主なポイントとしては、
1)バイタル健康管理のように判断基準が定まっている業務
2)転記作業のように重複記録の業務
3)情報の一元化と多職種の情報共有の業務
の3領域があります。現場の活用シーンがどのように進化するのか、1領域ずつ見ていくことにしましょう。

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図1 安診ネットのシステム運用説明

判断基準が定まっている業務―熟練看護師の判断をAIが判断

まずICTにより進化する「判断基準が定まっている業務」としては、看護師の観察基準を決める業務や、申し送り業務が挙げられます。バイタルを患者一人ひとりの基準域から判断するという手法は、経験豊富な看護師が熱型表のグラフを見ながら行っていた手法であり、特別新しいことではありません。しかしこれを万人が出来るように、数値に基づき算出しようとすると、1年間のバイタルデータの集計と統計を出す関数計算が必要になり、毎日手作業で行うのはまず不可能です。

『安診ネット』では、個人の各バイタルの基準域の帯を示すとともに、医療リスクスコアを算出します。この「基準域」と「医療リスクスコア」が、経験の有無に依らず現場職員に対する「共通のものさし=共通認識」となります(図2)。これを基準として、勤務交替の際の入居者個々人の申し送りを確認することができます。また、看護師の観察基準、どの入居者を誰がどのように診るか、医療介入すべきかのトリアージの判断材料となり、健康管理業務が効率化します。さらに、「共通のものさし」があるということは、情報共有の正確さとともに、職員自身に安心感をもたらす効果もあります。

同様に、食事量・飲水量・排泄量といった生活記録は、低栄養・脱水・便秘の指標となりますが、例えば排泄量は1回ごとではなく3⽇分を集計して注意すべきというのは、頭では分かっていても、毎日一人ひとりの集計を行うとなると非常に手間がかかるのが実情です。しかし『安診ネット』なら、例えば「3日連続して排泄が無いならアラート」という設定ができるので、手間を考えず毎日、全患者に対し、これらの情報を自動集計し、医療情報として簡単に有効活用できます。これらが個人最適化された「健康管理レベル」の向上に役立つことは言うまでもありません。

スライド3

図2 看護師の健康観察手順のルール化

重複記録の業務―チェック業務と転記業務を代わりに行う

次にICTにより進化する「重複記録の業務」としては、看護・生活記録としてチェック業務や記録物の転記業務が挙げられます。『安診ネット』の、他システムと違う大きな特徴として、「バイタル異常値」「チェックシートからの食事・水分・排泄量等の異常」「症状異常」といった「異常情報」のみを分類し、その「異常情報」だけを記録簿に自動転記する機能が挙げられます(図3)。

ほかのシステムでも転記機能は見られますが、正常異常を含む全てのバイタルや生活記録のデータが看護記録や生活経過記録に転記されるとなると、いらない情報の方が多く、削除する手間が大変で使い物になりません。しかし、『安診ネット』では、「異常情報」を中心に、医師・看護師・介護士・ケアマネといった各職種に必要な情報のみ整理され、各記録簿に転記されるので、チェックシートからの転記作業は不要となり、記録業務が大幅に削減されます。その各記録簿からの更なる記録簿への転記作業に関しても、「この項目は夜勤の看護師に申し送ろう」「この項目は家族に伝えるべき」と1項目ごとに選択可能なので、ここでも大幅に記録業務が削減されます。事故の「ヒヤリ情報」なども自動集計、整理されますので、対策会議などでも有効です。

スライド2

図3 チェックシートから支援経過記録への自動転記

情報の一元化・情報共有業務―多職種の情報共有や申し送りが簡単に

最後にICTにより進化する「情報の一元化、情報共有の業務」については、「多機能熱型表」による医療データが一元化された多職種による情報共有や、業務申し送り等の確認業務の容易さが挙げられます。

もともとICTは各端末に情報を表示するなど情報共有を得意としますが、現場目線で大事なポイントは、自分たちの職種に必要な情報が自分たちの欲する形で見られるかどうかです。たとえば介護士が入力する毎回の食事量・飲水量・排泄量の「生活支援チェックシート」のデータは、介護士は自分たちの作業チェックのために使いたいという希望がありますが、医師や看護師向けとして考えれば「脱水・低栄養・便秘に関する活きた医療情報」として、「多機能熱型表」にバイタルと共に一覧表示されて初めて有効なデータとなります。

この現場情報が離れた場所にでもダイレクトに上がっていくICT情報共有法により、現場職員が自分たちの入力した情報を「医師がしっかり見てくれている※」ということでモチベーションが上がり、情報入力精度が向上する効果も期待できます(※『安診ネット』では、医師が施設患者情報を閲覧できるアプリを無料配布しています)。また、これにより医師側も現場に居ずとも、入院しているかのごとく、経時的なバイタル・症状・生活介助からの医療情報により患者の様子がわかります。その一方で看護師側としては、医師が訪問の際に示すこれらの情報をまとめておく手間も省けます。

次に施設内の「業務申し送り」についてですが、情報発信者からすると、「その情報を受信者がしっかり受け取ったか」を確認する業務が簡略化されます。『安診ネット』では伝達項目に対し、確認済みの者は「チェックボタン」を押すことで、管理者は誰が見たか一目で分かる機能がついており、伝達ミスを防ぎます(図4)。これにより申し送りノートのたらい回しによる、「せかされてとりあえずチェックした」という事例も防げますし、デジタルにて管理記録が残るため、後々のトラブルの対策にもなります。

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図4 業務申し送りの方法

『安診ネット』で現場がどう変わるのか?

それでは、運用施設の介護士自身は、ICT健康管理システム『安診ネット』により現場がどう変わると感じているのでしょうか。下記に紹介するのは、現場職員が学会で発表した「結果・考察」から引用したものです。

① 健康管理など業務プロセスの改善や情報の有効活用と共有により、職員の意識には大きな変化が感じ取れている。
② バイタル測定をはじめとした健康管理のスキルアップや優先順位の見える化、重要事項の選択は職員の注意に変化を与えた。
③ 「事故ヒヤリ」など職員研修による改善を要した部分はICT導入により統計され、改善運用により向上した。
④ 申し送りなどの情報整理により、大きく職員の負担軽減につながっている。
⑤ 重複作業の低減により、事務作業に要していた時間を対人サービスへ費やすことができた。
⑥ ICTの効果的な運用についての検討を重ね、非生産的な事務処理を軽減することが、本来施設の果たすべき役割を高められると考える。
⑦ 健康情報やリスク情報など、重要な情報が整理されることによる伝達情報のスリム化は、大きく職員の負担軽減につながっている。
⑧ ICT機器を導入しただけではあまり効果がない。

ここで注意すべきなのは、⑧の「ICT機器を導入しただけではあまり効果がない」という点です。かくいう私達の施設でも過去、安くない3つの介護システムを購入しました。このとき、事務のスタッフは請求業務などで有効だと言ってくれましたが、肝心の現場はどれも「紙記録に劣る」として運用し続けてくれませんでした。今回の厚生労働科学研究協力施設も当初は「ICT化は逆に手間がかかるのでは?」と疑問を投げかけられました。

『安診ネット』ではそれらの点をふまえ、現場に何度もダメ出しを突きつけられながら内部で10回以上のバージョンアップを行って、改良に改良を重ねてシステムを練り上げ、その上でシステムを作り上げるとともに、丁寧な導入支援を行うことにしています。その結果、市販化バージョンになってからは、当施設のみならず、全国の導入施設の現場から「一旦入ったら外せない」という高い評価を頂いています。現場のリアルな声としては「これは凄い、素晴らしい」という声より「今取り上げられたら困る」という声が非常に大きく、近い将来パソコンやスマホのような「当たり前」と感じる存在になりそうです。

最後に皆さんが気になるであろう「業務効率の省力化コスト試算表」を参考として示しておきます(図5)。このようにICT有効活用は、労務費削減に大いに役立ちます。

次回はいよいよ最終回。肺炎などの診断AI「エレファントAI」や、在宅医療分野、個人健康管理分野に関する活用法の話をしていきたいと思います。お楽しみに。

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図5 業務効率化の省力化コスト試算:60名入居の介護施設で試算

前田俊輔

前田俊輔

病院・介護施設の経営(医療法人芙蓉会)・医療機器の開発(芙蓉開発株式会社)等を行う芙蓉グループ代表。学士、現在長崎大学医歯薬学総合研究科公衆衛生学院生。2008年に病院経営に携わると共にICT健康管理システム「安診ネット」を開発し、2012年に老人ホームに導入。高齢者の病気の早期発見と重症化予防に高い実績をあげる。平成29~31年度厚生労働科学研究代表者のほか、経産省補助事業(医療AI開発他)・国交省補助事業(健康延伸住宅)の代表者を務め、(社)日本遠隔医療介護協会理事長として政策提言も行っている。