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てんかん発作を抑える脳冷却装置

2019年2月26日(火)

AIに関連する医学論文をご紹介します。

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山口大学などの研究チームは、脳の表面を局所的に冷却しててんかんの発作を抑制する着用型装置の試作に取り組む。小動物を使った実験から必要なパラメータを求め、この値を使ったシミュレーションにより、必要な冷却性能を実現するための装置の条件を突き止めた。研究成果Epileptic Seizure Suppression by Focal Brain Cooling With recirculating Coolant Cooling System: Model and SimulationはIEEE TRANSACTIONS ON NEURAL SYSTEMS AND REHABILITATION ENGINEERINGの2月号に掲載された。

脳の異常な活動によって引き起こされるてんかんの発作だが、既存の技術で異常活動を検知して発作が起きることを早めのタイミングで把握することができるようになっている。この技術と、開発している冷却装置を組み合わせれば、予兆検出から実際に発作が起きるまでの時間内で脳を冷やすことができ、数日に一度という間隔で充電すれば冷却装置を日常的に使えるとみている。てんかんは治療薬も開発されているが効果には個人差があり、手術も異常活動をしてしまう脳の部位によっては適応できない。新装置は発作を引き起こす異常活動をする部分が脳の表面にある場合に活用できるとみており、試作品を製作して実証実験とさらなる改良を進めるとしている。

冷却装置は、冷やした生理食塩水を循環させて脳の表面を冷やす仕組み。頭蓋骨を部分的に取り、脳表面にチタン製の冷却部分が直接当たるように埋め込む。冷却部分の中を生理食塩水が流れるようになっているが、脳表面の熱をとって温度が上がった生理食塩水は管でつながった体外のペルチェ素子までポンプを使って流し、再び冷やす。ペルチェ素子やポンプ、電池は洋服のポケットに入れることを想定しており、コンパクトで装着するタイプの冷却装置になる。装置を体内に埋め込むため細菌感染を引き起こすリスクはあるが、すでに同じような使い方をする埋め込み型の医療機器が広く使われているため、適切な感染対策も併せて実施すれば実用性に問題はないとみている。

過去の研究から、人の脳内のEEGを記録することで、てんかん発作が起きる89±15分前には発作を予測できるアルゴリズムが開発されている。また、異常な活動をしてしまう脳の部位は25℃程度まで下げれば発作を抑えられることも判明しており、動物を使った実験から冷たい液体を循環させてチタン製の部品を冷却するという手法で脳の温度を十分に下げられたという報告もある。そこで、研究チームは装置のさらなる具体化を進めるために、人間と組織の特徴が似ているとされるネコを使った実装実験から脳の温度変化を計測して血液灌流速度を算出し、このパラメータを使ったシミュレーションによって装置の性能を評価した。

脳に当たるチタン製の冷却部品の大きさは30×30×7mmなど、実装する装置を想定したシミュレーションではまず、冷却部品の中の水路の形状を検討した。3種類の形を比較したところ、温度変動の抑制、低い圧力損失などの条件から一番細くした水路が櫛状に並んだ形状が3つの中では最適であることが分かった。この条件ではペルチェ素子には2.0-2.1Vの電圧で電気を供給する必要があり、高温面は最大40℃、低温面は最低5℃になるという計算結果になった。ネコを使った実験から血液灌流速度は5.2㎏/(㎥・s)と算出されており、この値とより脳を冷やすのが難しい2倍の値10.4㎏/(㎥・s)の値を使って脳がどう冷却されるかのシミュレーションも行ったところ、冷却開始後から20分経っても冷却部品の下2mmの位置の脳の領域全面が完全に25℃以下になることはなかった。特に4隅の温度が十分に下がらなかったため、冷やしたい領域よりも広い面積の冷却部品が必要ということが明らかになった。

同様に2通りの血液灌流速度でシミュレーションを続け、生理食塩水の当初の温度が38℃で5Vの電流を流したペルチェ素子で冷却したと仮定した場合、冷却部品の下2mmの脳の部分の平均温度が25℃以下に冷えるまでに必要な時間はどちらの条件でも10分未満だった。EEGを使った発作の事前検出でかせげる時間よりも冷却に必要な時間は十分に短く、当初の生理食塩水の温度が38℃よりも低ければさらに時間は短縮できるため、冷却能力は十分にあると研究グループは見ている。

脳の温度を下げて、そのまま冷却された状態を保つことを想定すると、装置は合計で20分間稼働させる必要がある。冷却中の20分間の平均電流を試算すると4.0Aだった。ペルチェ素子、ポンプ、冷却ファンに必要な電力を合計して考えると、1回の冷却当たり1.5Ah消費するということになる。この計算では2、3回の発作につき1回の充電が必要ということになるが、発作の頻度から実際に使用した場合は数日に一度の充電で済むことになり、使用上の弊害はないとしている。

一方で、周囲の温度の影響を試算すると、脳が冷却されにくい条件では周囲の温度が30℃や35℃と高温になると、30分間冷却を続けても脳が25℃以下に冷えないことも明らかになった。こうした条件で装置を使用する場合は、ペルチェ素子の温度設定などを調整する必要があるが、充電の頻度が増えることにつながる可能性もあるとしている。

研究チームは今回の試算結果を踏まえて、試作装置の製作を予定しているという。動物を使った実験で性能を評価しながら、さまざまな大きさの装置を比較する。また、冷却の開始と終了を決めるための脳の異常活動検出のための新たなアルゴリズムの開発も進めるという。

論文を読む

Epileptic Seizure Suppression by Focal Brain Cooling With Recirculating Coolant Cooling System: Modeling and Simulation

鴻知佳子

鴻知佳子 ライター

大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。