国立衛生研究所(NIH)とウィスコンシン大学の研究チームは、腹部CTスキャンデータから得られる大動脈石灰化、筋肉密度、内臓脂肪と皮下脂肪の比率、 肝臓密度、脊椎密度を定量指標とした「CTバイオマーカー」を用いた心血管(死亡を含む)リスク評価が、従来の冠動脈疾患の発症を予測するスコアであるFRS(Framingham risk score)や、体重と身長の関係から算出されるBMI(Body Mass Index)よりも有効であることを発表した。研究成果は2020年3月2日、『The LANCET Digital Health』に「Automated CT biomarkers for opportunistic prediction of future cardiovascular events and mortality in an asymptomatic screening population: a retrospective cohort study」として公開された。
今日では、米国だけで毎年8000万件以上の身体CTスキャンが行われている。しかし、心疾患等のリスク評価のためにはCTスキャンは使用されておらず、体組成に関する貴重な解剖学的情報は見落とされていた。本研究では、大腸がんスクリーニングによって得られた腹部CTスキャンを用いて、将来の心臓関連のリスク予測を行った。その結果、CTバイオマーカーを用いた心疾患リスク評価は、 従来のFRSおよびBMIを用いた予測法の精度を有意に改善した。CTバイオマーカーは、解剖学的情報を考慮していない従来法を代替できるため、より高精度なリスク予測が期待できる。
実験ではそれぞれ、2年、5年、10年にわたる追跡調査の結果が用いられており、将来の心血管イベント(死亡または心筋梗塞、脳血管障害、うっ血性心不全)の発生の有無を、CTバイオマーカー、 FRSおよびBMIそれぞれを個別に用いて比較実験した。CTバイオマーカーとしては腹部CTスキャンデータから得られる大動脈石灰化、筋肉密度、内臓と皮下脂肪比率、 肝臓密度、脊椎密度を定量指標とした。
これらの計測値を用いてモデルを学習し、将来の心疾患イベントの有無を判定させたところ、従来法であるFRSおよびBMIの5年後の予測的中率がそれぞれ68.8%(95%信頼区間0.650–0.727)、49.9%(95%信頼区間0.454–0.544)だったのに対し、CTバイオマーカーではそれぞれ、大動脈石灰化で74.3%(95%信頼区間0.705–0.780)、筋肉密度で72.1%(95%信頼区間0.683–0.759)、内臓脂肪と皮下脂肪の比率で66.1%(95%信頼区間0.625–0.697)、肝臓密度で61.9%(95%信頼区間0.582–0.656)、椎骨密度で64.6%(95%信頼区間0.603–0.688)であり、ほとんどの場合で従来法を上回った。さらに、各変量を組み合わせることで、的中率は81.1%(95%信頼区間0.761-0.860)まで上がり、より高精度な予測が可能であることが確認された。
実験においては、2004年4月から2016年12月までの間にCTスキャンを受けた平均年齢57.1歳の男女含めた9223人のCT画像が用いられた。 追跡調査(中央値8.8年)で対象となった1831人(約20%)の患者において、一定期間(2、5、10年)経過後に心血管イベントまたは死亡が発生した。解剖学的知見をもとに、CTバイオマーカーにおける5つの変量(大動脈石灰化、筋肉密度、内臓と皮下脂肪比率、 肝臓密度、脊椎密度)を選び出し、AIを用いて高精度に自動測定した。その上で、有害リスク(死亡、心筋梗塞、脳血管障害、またはCTスキャン後のうっ血性心不全)との関連性を評価するために、ロジスティック回帰を用いて、将来の疾患(または死亡)の有無を分類し、その結果をreceiver operating characteristic curves (ROCs)を用いて評価した。
実験の結果から、解剖学的知見を考慮していないBMIは心血管イベントの予測因子としては不十分であり、CTバイオマーカーを用いたアプローチが、人々の健康と深刻な有害事象のリスクをよりよく理解するのに期待できると言える。CTバイオマーカーによるリスク評価は、医師による主観的な判断に対する客観的な価値を提供し、さらに、自動化されているため、時間、労力などの削減にもつながる。このCTバイオマーカーは患者間で再現性が高く、一貫した客観性の高いデータである。そのため、予後措置を通して、心血管またはその他の健康リスクの兆候もより正確に検出でき、患者の健康に好影響を与えることが期待できる。
さらに、CTバイオマーカーは、骨粗鬆症による脆弱性骨折やメタボリックシンドロームなどの他の症状や危険因子の予測にも適用できるなど、他疾患のエンドポイントの予後のデータも提供する。なお、研究チームは、今回の実験で用いられたデータは約90%白人であったため、人種的に多様な集団を含んだ実験を行うなど、さらなるテストを予定している。
小野賢児
2019年度立命館大学大学院情報理工学研究科修了。在学中は、深層学習を用いた医用画像の解析、研究に従事。医師と共同研究を行っていた。コンピュータビジョン×医用画像に興味があり、医療AIの研究開発に取り組んでいる。2020年度より、電気機器メーカーに勤務。関心領域は、データサイエンス、ヘルスケア。在学中に、シアトル(アメリカ)、大連(中国)、ハイデラバード(インド)へのIT留学経験有り。好きな言語はPython。好きな飲み物は牛乳。