デジタル技術の進化によって「不死」を目指す研究が世界中で進んでいる。人間の意識を機械にアップロードして引き継ぐことを目指しているのが、東京大学大学院工学系研究科の渡辺正峰准教授だ。
人工知能(AI)に意識が芽生え、知能でAIに劣る人間が駆逐され、ロボットが支配する世の中になってしまう——そんなSFのような世界がやってくる可能性は今のところ低そうだ。
だが一方で、デジタル技術の進化によって人間が永遠に生き続けるという、人類をさらに進化させる未来像はどうか。デジタル化された人間の意識が小さなデバイスに保存され、肉体は単なる容器として扱われるSFドラマが話題を呼んだ。別のドラマでは、死ぬ直前に自身の記憶や脳のデータを全てクラウドにアップロードし、死後はVRで実現されたデジタルの世界で、アバターとして生き続ける「デジタル来世」が描かれている。
もともと、人間の意識をデジタル化して保存し、機械化された身体で生きていくという発想は、人間が持つ、死への恐怖や不老不死への憧れから生み出されたのだろう。では、実際に人間の意識をデジタル化して取り出し、機械の身体に移植して死から逃れることなどできるのだろうか。
人間の脳にある情報をデジタル化する方法はいろいろと考えられているが、脳から取り出した情報を外部に保存してロボットに移植できたとしても、元の人間の意識が途絶えてしまえば、生きながらえたとは言えない。
本当の意味で不死を実現するには、脳の中にある記憶などの情報だけでなく、意識までをもデジタルの世界で継続させなければならない。米国では人体から脳を取り出して長期冷凍保存し、将来コンピューターに脳の情報をアップロード可能になった時点で意識を再生させるサービスも存在する。ただ、このサービスでは生きている人間の脳を取り出すことで再生精度が上がると喧伝していたため、倫理上の批判を浴びることとなった。
一方、東京大学大学院工学系研究科の渡辺正峰准教授は、体の寿命が尽きても意識をコンピューターに引き継がせる「意識のアップロード(移植)」によって、死を介することなく生き続ける研究に取り組んでいる。
そもそも、人間の意識とは何だろうか。渡辺准教授の研究はその問いから始まった。渡辺准教授は意識とは、「感覚意識体験(クオリア)」であると定義している。そもそも、脳であれ人工神経回路網であれ、ネットワーク上を電気信号が行き交っているに過ぎない。しかし、私たちが脳で「赤いリンゴ」の視覚入力を受けて処理すると、「赤いリンゴが見える」という感覚が生まれる。この場合、「私には赤いリンゴが見える」と感じている「私」とは、脳の神経回路網ということになる。すなわち、脳の神経回路網という単なるモノが、第一人称を有していることになる。渡辺准教授は、「この神経回路網の第一人称的な感覚、すなわち感覚意識体験こそが、私たちの意識の定義となります」と説明する。「意識をアップロードするということは、自身の神経回路網の第一人称を人工の神経回路網に移すことに相当します」。
渡辺准教授が考える意識のアップロードは、脳から意識を抽出してそれを機械に移し替えるといった単純な方法では実現できない。重要なことは、脳と機械を一体化させることだ。脳と機械の一体化は、外科手術を経て脳と機械を接続し、数カ月かけて行われる。その間、脳から機械には、過去の記憶などの情報だけでなく、その人の意識を作り出しているアルゴリズムの情報も電気信号として送られる。
なぜ脳と機械を一体化させれば、意識が移植できるのか。例えば、人間の脳は左右で分断され、右脳と左脳は脳梁(のうりょう)と呼ばれる神経繊維で結ばれている。渡辺准教授によると、意識は右脳と左脳の一部に宿るのではなく、2つの脳で共有されているという。そのため、もし脳梗塞などによって一方の脳の機能が失われてしても、もう一方の脳が生きていれば意識は継続できる。渡辺准教授は、脳と機械の一体化が完了していれば、「たとえ人間の脳が終わりを迎えても、死を意識することなく意識はそのまま機械に引き継がれます」と述べる。
とはいえ、人間の脳は有機物、機械は無機物であり、双方の構造は大きく異なる。それでも、機械に意識を移植できるのだろうか。渡辺准教授は、意識が発生している状態で脳のニューロンを1つ1つシリコン製の人工ニューロンに置き換えていく方法を例に解説する。その際、人工ニューロンはもとのニューロンの結合関係を完全に保持し、再現できると想定する。徐々にニューロンを置き換えていくと、まだ置き換えていない脳が「置き換えに気がついていない」状態が生まれる。渡辺准教授は、「このような操作を繰り返し、すべてのニューロンをシリコン製のものに置き換えれば、シリコン製デバイスがもとの脳と全く同じ働きをして意識が維持されます」と述べる。「すなわち、機械にも意識が宿り得るのです」。
ただし、この方法をそのまま意識のアップロードに適用することは不可能だ。「脳のシナプス結合のすべてを読み取ることができないからです」。
そこで、渡辺准教授は次のような3つのステップで脳と機械を一体化させ、人間の意識を機械にアップロードすることを目指している。
「ニュートラル(まっさらな状態)な意識」を持つ機械(スーパーコンピューター)を用意する。
脳内の情報を読み取れる装置(BMI)を脳内に設置し、ステップ1で用意した機械と接続することで、両者の意識を一体化する。
ステップ2を長時間行うことで、生きた人間の脳から「ニュートラルな意識」を持つ機械に膨大な量の記憶を転送する。
渡辺准教授は、現時点での仮説が正しければ、20年後には実際に人間の意識を機械にアップロードできるようになると考えている。その前提条件となるのが、脳と機械を接続するBMI(脳機械インターフェイス)の小型化や、コンピューターの計算能力向上だ。とはいえ、これらの実現やさらなる脳の解析を独力で進めていくのは難しい。
渡辺准教授は「MinD in a Device」というベンチャー企業を設立し、現在は技術顧問として関与している。「大学の研究の枠を超えることで研究開発の規模を拡大させ、パートナーを増やして数百人、数千人規模で研究に取り組み、意識のアップロードを実現させたいと思っています」。
MinD in a Deviceでは、意識のアップロード実現に向けた第一歩目として、渡辺准教授が意識の源と提唱する「生成モデル」を実装した、次世代型AIの開発および社会実装を推進している。
生成モデルとは、何もないところからシステムの中に「バーチャル世界」を創ってしまう機構である。例えば、人間は寝ている最中に、外界からの感覚入力(目や耳などからの情報)に頼ることなく、他人と会話したり自らの意志で移動したりする、リアルな「夢」を見る。すなわち、何もないところから「バーチャル世界」を出現させており、「これが生成モデルの機能そのものなのです」と渡辺准教授は述べる。「生成モデルを正常進化させることで、まさに人間が夢をみるように、AI学習に必要な膨大なデータをシステム内で発生させます。実際に、そうやって学習したAIが現実世界において高い認識性能を発揮することを、複数のプロジェクトで確認しています」。
生成モデルを実装したAIの利用が期待されるのは、医療やヘルスケアをはじめ、スマートシティ、自動運転、宇宙・航空など、高度な専門性が必要とされる領域だ。MinD in a Deviceは、独自の次世代型AIによる学習データ発生機構を活かすことで、富士通やNTT東日本、住友電工などと共同で、従来のAI技術では困難とされた課題に取り組んでいる。その一部は、すでに商業サービスとしての利用が始まっているという。
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MIT Technology Review