1. m3.com
  2. AI Lab
  3. ニュース
  4. 【連載】人工知能は人間の仕事を奪うのか―AIは医師を超えるか(5)

AI Lab プロジェクト医療×AIの発展にご協力いただける方を募集しています

【連載】人工知能は人間の仕事を奪うのか―AIは医師を超えるか(5)

2018年9月19日(水)

糖尿病性網膜症を判定する医療機器の販売が米国食品医薬品局(FDA)に承認されるなど、今、人工知能(AI)を用いた画像診断支援システムの開発がめまぐるしく進んでいます。果たしてAIは医療現場をどのように変えるのでしょうか。 シリーズ「AIは医師を超えるか」は、『人工知能の哲学』や『人工知能はなぜ椅子に座れないのか』などを著した松田雄馬氏が、AIの仕組みから応用までやさしく解説する全5回の連載です。

» 連載1回目から読む

≪シリーズ≫ AIは医師を超えるか(全5回)

 本連載の最後に、人工知能(AI)が「人間の仕事を奪う」という問題について取り扱いたい。さらに詳しく知りたい方は、拙書 『人工知能の哲学』を参考にしていただきたい。

AIが奪うのは作業であって「職業」ではない

 オックスフォード大学のオズボーン博士が『雇用の未来』 という論文を発表して以来、「AIによって職業がなくなってしまう!」という論調がメディアを席巻している。確かに、これまで紹介してきた「弱いAI」は、「人間の知能の代わりの一部を行う機械」すなわち道具であるため、現在、我々が行っている作業のうち、弱いAIによって自動化できるものは少なくない。ただ、ここで気をつけていただきたいのは、弱いAIが人間から奪うのは作業であって、「職業」そのものではないということである。

 オズボーン博士は論文『雇用の未来』の中で、自動化される確率に基づいて、各職業をランキングしている。このランキングによると、最も自動化される確率が低いものが「リラクゼーション・セラピスト (0.28%)」であり、逆に、最も自動化される確率が高いものが「テレマーケター=電話による商品販売員(99%)」だという。すなわち、テレマーケターの行う作業は、その99%が置き換え可能ということである。

 繰り返し述べさせていただきたい事柄だが、これは決して「テレマーケターが職を失う確率が99%」であるということではない。「テレマーケターはその作業を99%の確率で自動化でき、効率的に業務を行うことが可能になりそうである」と解釈するのが妥当ではないかと考えられる。

article

オックスフォード大学のオズボーン博士による論文『雇用の未来』

弱いAIが独り歩きすることは有り得ない

 第1回 で解説したように、現在、自分の判断だけで動くことができる「強いAI」は存在しない。その一方で、我々が利用可能な弱いAIは、あくまで人間が使う道具である。強いAIが存在しない以上、いわゆる道具である弱いAIが独り歩きすることは有り得ない。したがって、人間が行っているどんな仕事(職業)であっても、弱いAIだけでそれを行うことは不可能なのである。

 人間は、意識する、しないにかかわらず、様々な仕事を自分の判断で行うことができる。我々人間にとってはまるで頭を使わない作業に見えるようなものでも、機械にやらせようとすると意外な難しさがつきまとうことが少なくない。ここで、一つの例え話をご紹介したい。

―――
とある職業の中で、お客様からいただいたデータを使って表計算を行う作業があるとする。この作業を自動化するためにMicrosoft Excelを使ってプログラムを書くとする。短調な作業であれば、プログラムを書く手間も、それほど時間をかけずに済んでしまうかもしれない。弱い弱いAI(プログラム)はこうして作られる。さて、そうやって作った弱い弱いAI(プログラム)を一度使い終わった後、しばらく使わずに放っておこう。すると何が起こるだろうか・・・

一年後、同じような作業内容を行う状況がやってきた。同じお客様から「この表計算を行ってほしい。やり方は一年前と同じで」という依頼が来たのだ。一年前の当時はプログラムを一から書かないといけなかったのでそれなりに苦労を伴ったが、今回は楽だ。同じプログラムを動作させれば良いのだから。なんという簡単な作業であることか。こんなもの一秒で終わらせてしまおう。さて、こんな風にタカを括ってプログラムを動かしてみて、このプログラマーは愕然とする。

「プログラムが動かない!!」

よくよく見ると、お客様からいただいたデータのフォーマットが微妙に変わってしまっており、一行下にずれているのだ。人間なら気にする必要がない程の(むしろ気づかずに作業を続けてしまう程の)、微妙なフォーマットの変化である。しかし機械にとっては大問題である。プログラムには「この行のデータを計算せよ」という命令が書き下されている。にもかかわらず指定された行にはデータがないのである。

そしてこのプログラマーには、「プログラムを修正する」という新たな作業が発生する。もちろんこれ自体はそれほど負荷の高い作業ではないが、人間不在の「弱いAI」だけでは何もできない状況であり、人間は確実に必要なのである。
出典:『人工知能の哲学』
―――

 すなわち、表計算という極めて単純な作業であっても、人間が管理を行うことなしにAIだけでそれを実施することは不可能なのである。こうした人間にしかできない作業というものは、筆者のように能力が低い人間にとっては頭を悩ませた経験からよくよく理解できるものなのだが、いかんせん、こうした作業を無意識レベルでこなしてしまう有能な方々にはなかなか理解していただくのが難しいのかもしれない。例えばAIについての解説を一般向けに行っている『人工知能は私たちを滅ぼすのか』という書籍では、「経理のように、数字に対して形式的なルールを適用する仕事はそもそも創造性を発揮する仕事ではなく、発揮するべきでもありません。非常に人工知能に向いた仕事であり、人間が関わる余地は結果のチェックくらいになります」といった記述が見られる。

人間の医師でしか行えない医療の領域とは

 この記述を見て筆者は、前職で経理部門が発行するExcel形式のフォーマットが毎年変更され、その対応に四苦八苦した経験を思い出した。確かにフォーマットの変更への対応は、人間にとっては単純作業かもしれないが、機械にとってはそう易しい問題ではない。もちろん、フォーマットの変更をチェックするプログラムを書き下すことはできるが、そうするとその「フォーマットの変更をチェックするプログラム」に書かれていない変更があった場合(行の変更だけではなく、項目の追加など・・・)には、その「『フォーマットの変更をチェックするプログラム』の変更をチェックするプログラム」を新たに書く必要があり、それすらも変更する場合は・・・という堂々巡りが発生する。

 少し長い話になってしまったが、このように、「弱いAI」は、人間の作業を減らすことはあっても、人間の職業を減らすことにはならないのである。もちろん、「今まで三人でやっていた作業を一人でできるように効率化する」というような状況は様々な現場で起きている。それ自体は歓迎すべきことであり、地方医療など十分に他分野の専門家がいない状況であったとしても、画像診断システムを用いるなどの方法で総合的な診断ができる可能性もある。これからは単調な作業を削減していくことで、人間の医師でしか行えない医療の領域を増やしていくことを考えることが大事な時代なのではないだろうか。

松田雄馬

松田雄馬

1982年生まれ。博士(工学)。京都大学工学部地球工学科卒。2007年日本電気株式会社(NEC)中央研究所に入所。MITメディアラボやハチソン香港との共同研究に従事した後、東北大学とブレインウェア(脳型コンピュータ)に関する共同研究プロジェクトを立ち上げ、基礎研究を行うとともに社会実装にも着手。2016年、NECを退職し、独立。現在、「知能」や「生命」に関する研究を行うとともに、2017年4月、同分野における研究開発を行う合同会社アイキュベーターを設立。代表社員。