ただともひろ胃腸肛門科院長および、AIメディカルサービス代表取締役会長・CEOの多田智裕氏が、消化器科領域におけるAI開発の現状について解説・対談を行う連載コラムです。
編集部より:内視鏡診断支援AIが導入されることで臨床現場、そして医師のスキルはどのように変化するのだろうか。コラム「多田智裕が語る『内視鏡検査におけるAIのこれから』」の第2回では、多田氏と、共同研究参加医師である、がん研有明病院消化器内科 上部消化管内科副部長の平澤俊明氏および由雄敏之氏との鼎談の様子をお届けします。
―――
鼎談者
平澤俊明氏――がん研有明病院消化器内科 上部消化管内科副部長。1999年、高知医科大学卒業ののち、聖路加国際病院、千葉大学医学部附属病院第一内科、君津中央病院、東葛辻仲病院などを経て、2006年よりがん研有明病院で勤務。日本内科学会総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医など。
由雄敏之氏――がん研有明病院消化器内科 上部消化管内科副部長。1999年、大阪大学卒業ののち、大阪大学医学部付属病院、関西労災病院、国立病院機構大阪医療センターで勤務。日本内科学会認定内科医、日本消化器内視鏡学会専門医、指導医、日本消化器病学会専門医、指導医など。
平澤先生、由雄先生は現在、多田先生が行う内視鏡診断支援AIの開発に協力されていますが、どういったきっかけからなのでしょうか。
平澤:私は、多田先生がクリニックを開業された当初から内視鏡検査を手伝っていました。その流れで、多田先生から「AIの研究も手伝えないか」と打診されたのがきっかけです。あの頃はAIのことは何も分からず、とにかく、がんのマーキングを手伝っていました。そうしたら、結構よい成績が出てびっくりしました。AIってすごいな、と思ったのを今でも覚えています。最初は研究目的でしたが、今は実用化を目指すステージにまでたどり着きました。
由雄:私も多田先生のクリニックで6年前からお世話になっていました。AIの研究のために平澤先生が多くの胃がん画像を集めているのを隣で見ていましたが、半年ぐらいしたら胃がんを対象としたAIの研究がうまくいく目途が立ち、次は食道がんに挑戦しようということになり、その際にお声がけいただきました。
多田先生が内視鏡診断支援AIの開発に取り組んだ経緯として、二次読影の大変さをシステムで解決できないかと考えていたことがきっかけだったと伺いました。
多田:はい、現在は年間4万件ほど行っています。二次読影は1時間で70症例、3000枚程度をチェックしていますが、当初は不慣れな方が多く、1時間で40症例程度しか処理できませんでした。
平澤:私は江東区対策型胃がん内視鏡検診の運営委員をしていますが、まだ初年度ということもあり年間1000件程度なので負担は感じていません。しかし、他の自治体の関係者から大変だという声が聞こえます。診療が終わってから1時間かけてチェックすることになると、目が疲れるし、ベテランでも見落としの心配が出てくるかもしれません。実際、マンパワー不足でできないという地域もあります。都市圏については普及が進んでいるようですが、まだ対策型検診にて内視鏡検査を導入できないところも結構あります。
由雄:実際のところ、ダブルチェックの効果はどれほどあるのでしょうか。以前勤務していた病院では、全員の内視鏡画像をすべてダブルチェックしていましたが、術者が見逃したものは、やはり全員で見てもなかなか見つけられませんでした。
平澤:新潟市が行った研究では、ダブルチェックで初めて指摘された悪性腫瘍が6.8%(19/277)あったとのことで、見逃しを低減する効果はあるようです。さらに、他の医師の画像を見ることで、自分の内視鏡検査の撮影の仕方の課題などに気付くことができるので、胃がん検診の精度管理上の効果はあると思います。
多田:内視鏡検診導入には内視鏡検査の実施とダブルチェックを実施するマンパワーが、内視鏡医に求められますからね。内視鏡医がいてもダブルチェックができないからと、断念してしまう医師会もあるようです。このマンパワー不足の課題解決のためにAIのサポートは必要だと感じます。
多田:胃がん検診の二次読影での活用を考えていたので、最初は静止画を対象に取り組んでいました。しかし、内視鏡検査中にリアルタイムでがん様病変を拾い上げたり、鑑別ができたりする診断補助システムの方が付加価値が高いと考え、動画を用いたリアルタイム判定に対応した製品開発を目指しています。
平澤:そうですね。ダブルチェックが義務づけられているのは内視鏡検診だけで、一般的にはダブルチェックは行わず、内視鏡検査の際の診断で終わりになります。もう一回見るというのは特殊な場合です。そのため、臨床のニーズとしてはやはりリアルタイムでの診断支援が求められているでしょう。
さらに診断支援AIには、熟練専門医と経験の少ない医師との内視鏡診断能力の差を縮める効果も期待できると考えています。共同研究のなかで、内視鏡医約70名に3000枚ほどの内視鏡検査画像を読影してもらったことがあるのですが、内視鏡医の胃がん発見の感度/精度はかなりばらついていました。その差を縮める「均てん化」の効果を期待します。
由雄:早期胃がんを見つけられる内視鏡医が在籍している病院では、周囲の医師の診断能力が徐々に高くなり均てん化していきます。AIがサポートすることで、非熟練医の技術を熟練専門医に近づけ、ひいては医療の国や地域の格差を少なくすることができると思います。
平澤:内視鏡治療の手技や検査画像による診断には職人芸的なものがあり、熟練医と呼ばれる医師になるには、平均で10年は経験を積む必要があると思います。また、どこで内視鏡検査の経験を積むかにも大きく左右されます。
由雄:同感です。がんをどれだけ見たかが、その人の力量に大きく影響すると思います。がん研有明病院は症例が多いため、1年間で約1000症例(ESD約500例、外科手術約400例)の画像に触れることができます。しかし、一般的な病院での件数は10分の1くらいですから、同じ10年でもその間に得られる経験量には大きな開きが出てくると思います。
日本は良質な学習素材があり、学習機会も豊富なので皆さん自主的な勉強で補われているようです。しかし、一番の学習素材は自分で診断の経験を積むことであることは間違いありません。こんな腫瘍をここで見つけた、という経験が次のがんの発見につながります。
平澤:食道がんはさらにバラつきが大きくなります。胃がんより発症率が少ないため、開業医の先生が診断するケースは年に1件あるかどうかでしょう。毎年検査を行っているにもかかわらず、内視鏡治療ができないほど進行した食道がんが紹介されてくるケースが多々ありますからね。
由雄:そうですね。早期食道がんの診断は非常に難しく、経験の差が大きく出ると思います。大きくなるまで毎年見逃し続けてしまっているというのが現状なのでしょう。
多田:内視鏡検査の際、結構なスピードで食道を通り過ぎてしまう人が多いですね。AIがサポートすることで注意を促すことができれば、それだけでもがんの見逃し防止にはつながるのかなと思います。お二人の診断を見ていると、「これが分かるのか」と非常に勉強になることが多いです。
由雄:そういう意味で、AIは教育効果にも期待できますね。賛否あるかも知れませんが、AIに指摘された箇所を確認することで、診断を行う頻度があがり、結果として医師の診断能力の底上げになるかもしれません。「指導医」とは言いますが、常にマンツーマンでの指導は難しいですから、AIによって育てられることもあり得るでしょう。
平澤:確かにマンツーマンで教えてくれる病院なんてほとんどありませんね。
多田:若手とは逆の視点として、60歳を超え始めた内視鏡医にとって、「AIが“眼”の代わりとなるので、AIがあれば引退しなくて済む」といった声を頂くことがあります。年を取ると経験はあるものの、それに体がついてこない。そこをAIでサポートしてあげる、という役割も期待できると考えています。
また、特に開業医の先生にとっては1人で検査も診断を行う必要があるので、ちょっとしたサポートがあると、気づきのきっかけになるといった声も頂きます。
内視鏡検査支援AIの開発は海外でも進んでいるのでしょうか。
平澤:最近、中国でたくさんAIの論文が出ていますが、よくよく読んでみると進行がんが多く含まれています。感度が良いと発表はされますが、進行がんを対象に拾い上げができても実臨床では大きな効果が期待できません。早期の見つけにくいがんを見つけるサポートができるAIでないと意味がないのです。
由雄:胃がんの多い日本と韓国では多くの早期がんを見つけていますが、中国は最近になって早期胃がんの診断に関心が集まってきた印象です。だから、過去の早期胃がんの症例は多くなく、AIの素材になる症例が少ないというのが現状かも知れません。
海外の医師が、拡大内視鏡検査とESDの見学に来日されることがあります。ESDは実際の手技を間近で見て、あとはWebなどで動画を見ることで技術が高まっていくようなのですが、帰国後に「ESDの技術は上がったけれど、早期がんが見つけられない」と言われることが多いのです。
つまり、早期がんの診断の方法をまずは習う必要があるということなのですが、これについては、伝えることも難しければ当然、習得も難しいんです。技術は伝達できても、診断はなかなか輸出できない。内視鏡AIは日本の高度な内視鏡診断の輸出と言えると思えます。
平澤:中国については、AIの開発速度に驚異を感じます。以前、中国に行ったとき普通にAIが置いてあり、臨床現場で活用されていることに驚きました。中国はお国柄というのもあるのでしょうが、AIへの取り組みを世界一といえるほど強化しており、ひとまず使ってみて問題があったら規制をかけられるという強みがあります。一方、日本の場合、AI規制をどうするか、という検討をまず積み重ねる必要があるので、どうしても時間がかかってしまいます。
由雄:世界的にみても内視鏡領域のAIの研究開発は激化していますが、私たちは教師用の画像が豊富である点が大きいです。
多田:海外展開の想いは強いのですが、先ほども話があったように海外展開の際には検査技術や診断技術も一緒に展開していく必要があると考えています。
由雄:東アジアには胃がんが多い国があり、食道がんも扁平上皮がんが多いので、日本人と同じがんのリスクを抱えています。しかも内視鏡検査に関してはまだ発展途上なので、こういった市場に届けることができれば、早期発見につながりますし、医療費削減にもつながるでしょう。世界全体で医療技術の向上につながることを期待しています。
多田:AIが世界の内視鏡医療の発展に貢献できるよう、今後も開発を続けていきます。ありがとうございました。
多田智裕 ただともひろ胃腸肛門科院長、AIメディカルサービス代表取締役会長・CEO
1971年生まれ。東京大学医学部ならびに大学院卒。東京大学医学部付属病院、虎の門病院、多摩老人医療センター、三楽病院、日立戸塚総合病院、東葛辻仲病院などで勤務。2006年にただともひろ胃腸科肛門科を開業し院長就任。2012年より東京大学医学部大腸肛門外科学講座客員講師。浦和医師会胃がん検診読影委員。日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医。『行列のできる 患者に優しい“無痛”大腸内視鏡挿入法』など著書複数。