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医療に情報技術が貢献できる3つの場―西村邦裕の「未来の医療のデザイン」(2)

2020年4月24日(金)

がんゲノム医療を中心に、情報技術によって医療情報の可視化により医療者や患者を支援している、情報技術研究者で株式会社テンクー代表取締役社長CEOの西村邦裕氏による連載コラムです。

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未来の医療のデザインとして、多量のデータを解析し、エビデンスに基づいて、個々人に合わせた精密医療(Precision Medicine)のイメージも湧く、ということで、前回(これからの医療のヒントが詰まったがん遺伝子パネル検査)はがん遺伝子パネル検査の紹介を行った。今回は、このがん遺伝子パネル検査にあたり、情報技術がどのような役割を果たしているのか、今後の果たす役割、特に臨床の医師の先生にどう役立つのか、について紹介する。

がん遺伝子パネル検査では、様々なところで情報技術が活躍できる場所は多くある。大きく3つ、
1. 検査結果を解釈する部分
2. 検査結果を患者さんに伝える部分
3. 検査結果を出す部分
に分けて、取り上げる。

機械ができることは機械に、「人は判断するだけ」の状態にする

1.「検査結果を解釈する部分」として、がん遺伝子パネル検査として、臨床の現場に新しく導入された仕組みが、エキスパートパネルである。エキスパートパネルでは、検出された遺伝子バリアントについて、臨床的意義付けを行い、病原性やがんに関連したバリアントであるか、また、バリアントを対象にした薬(分子標的薬)があるか、他のマーカー(MSIなど)に関連した薬(免疫チェックポイント阻害剤)があるか、そして、エントリーの可能性のある臨床試験があるか、などの情報を見ていくことになる。これらを、エキスパートパネルにて、様々な専門の医師らが議論して、治療方針などを決めていくことになる。

このような臨床的意義付を行う際に重要になるのは、遺伝子バリアントの調査である。もちろん、検査会社からの報告書、C-CAT調査結果[1]に情報が載っているものの、多くのエキスパートパネルを開催する中心的な医師らは事前に検索し、情報を得ていることが多い。例えば、米国立衛生研究所(NIH)の疾患とバリアントのデータベースであるClinVar[2]や、英国サンガーセンターのがんのバリアントのデータベースであるCOSMIC[3]などの検索を行う。さらに臨床試験情報については、米国のClinicalTrials.gov[4]に加え、国内の臨床試験として、臨床研究実施計画・研究概要公開システムjRCT[5]、UMIN臨床試験登録システムUMIN-CTR[6]、臨床試験情報JapicCTI[7]、日本医師会治験促進センターの臨床試験登録システムJMACCT[8]などを参照し、現在、行われていて、かつバリアントに関連する臨床試験の情報を得ることをしている。さらに必要に応じて臨床試験の実施機関に問い合わせなどを行っている。

情報系の視点では、上記の情報取得を一気にできるのが便利なはず、と考える。そこから生まれるのが知識データベースである。上記のような複数のデータベースを参照し、一貫したインタフェースで一発で検索、あるいは横串検索できると、検索の負担も減る。

その一例が知識データベースで、ライセンスなどの処理の上で、データベース同士を統合し、うまく紐付けを行い、関連づけて検索できるようにしたものである。もちろん、知識データベースの裏側では、それぞれの情報源が異なるなか、各々を最新の情報にアップデートし、それらをどうハーモナイズさせていくか、が重要になる。さらに、適切な情報の統合、および、様々な情報を漏らさずに検索していく仕組みが重要となってくる。この知識データベースを利用する事で、エキスパートパネルの事前調査などの負担が減っていくだろう。

次に考えるのが、知識データベースを人手で検索し、検査結果自体に、知識データベースの情報を付加したレポートなりダッシュボードを作る、ということである。毎回、人手で検索するのではなく、検査結果自体に機械が自動で情報を付加し、人間は付加された情報を見て判断をするだけ、という状態に持っていくことである。判断に足る情報を自動で付加できる仕組みが必須ではあるが、逆に言えば、情報が揃っていれば、人は判断するだけで済む。

つまり、機械にできることはなるべく機械にやってもらい、人が必須の所だけ人が関与する、というように持っていくことである。未来の医療のデザインにおいて、医師の先生の専門性、経験を最大限活かせるよう、機械が最大限サポートしていく仕組みが重要だろう。

患者への説明・合意形成に情報技術を活用する

2.「検査結果を患者さんに伝える部分」は、現状では主治医が検査レポートを用いて患者さんに伝えることがメインとなる。2019年に保険収載されたがん遺伝子パネル検査のように新しい検査であり、かつ、がんと遺伝子バリアントの関係など専門性が高く理解と解釈が必要な場合、うまく伝える必要がでてくる。

厚労省の医師の働き方の調査[9]における、ある一日の費やした時間のグラフ([9]のp20)を見ると、医療記録(電子カルテへの記載)の次に、患者への説明・合意形成の時間が多くなっている。このことからも、医師から患者さんへの説明する部分において、例えばイラストを用いた説明補助資料や患者さんへの基本的な情報を提供する仕組みなどがあると、説明も効果的になり、おそらく時間も短縮し、良いだろう。未来の医療のデザインにおいて、このようなイラストを入れた検査結果の情報提供や基本的な医学・生物学の知識を含めた情報提供は不可欠になっていくであろうし、この部分に情報技術を利用して提供する仕組みがどんどん増えて行くだろう。

検査結果を出すまでの「見えない裏側の処理」

3.「検査結果を出す部分」については、外からは見えない部分になる。がん遺伝子パネル検査の場合、1検体あたり数GBから数十GBの膨大な生データ(ゲノム情報)が出てくるため、それらのデータを処理し、解析し、遺伝子バリアントなどの検出をすることになる。1検体あたりのデータ量が多いため、普通のパソコンの解析の範疇を超えており、情報技術の専門家、バイオインフォマティシャンなどが活躍する場が生まれている。

データ量に加えて、解析のアルゴリズムや、その後のアノテーションの仕組みなど、様々な処理が存在する。この流れを「パイプライン」と呼ぶことも多いが、パイプラインの自動化、並列化、高速化なども情報系の課題としてはある。未来の医療のデザインにおいて、見えない裏側の処理ではあるが、情報技術で貢献できる部分、自動化できる部分はこのように多くあり、かつ、多くが現時点においては手についていない状態であろう。薬事における医療機器プログラムの関連も含めて、今後、進んで行くと考えている。

がん遺伝子パネル検査を題材にして、情報技術が貢献できる部分を3つ紹介した。
1. 「検査結果を解釈する部分」として、臨床現場の判断に必要な情報を集めた提示の仕組み、
2. 「検査結果を患者さんに伝える部分」として、患者さんへの説明用のイラスト、あるいは、患者さんへの適切な情報提供の仕組み、
3. 「検査結果を出す部分」として、薬事を含めた必要なデータ解析と結果の提示の仕組み、
などが、未来の医療のデザインを考えた際に、情報技術として益々できていくことであろう。筆者も、これらそれぞれを現在も手がけており、情報技術を適切に用いることで、医療に貢献できるように取り組んでいるところである。

参考資料

[1] 国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター C-CAT調査結果に関して
[2]ClinVar
[3]COSMIC
[4]ClinicalTrials.gov
[5]jRCT
[6]UMIN-CTR
[7]JapicCTI
[8]JMACCT
[9] 厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」研究班医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査

西村邦裕

西村邦裕 株式会社テンクー 代表取締役社長 CEO

2001年東京大学工学部卒業。 2006年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。同大学の研究員・助教を経て、2011年に株式会社テンクーを創業し、代表取締役社長に就任。大学の頃から、VR技術など情報技術を用いて、医療・ヒトゲノム情報の解析や可視化の研究に従事。大学の研究を社会に還元するために起業し、ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア「Chrovis」の開発を始め、ゲノム医療を情報面から推進する活動を展開。東京大学がん遺伝子パネル検査「Todai OncoPanel」の先進医療Bの情報解析などを担当し、臨床の現場で貢献できるよう取り組んでいる。受賞はMicrosoft Innovation Award、グッドデザイン賞、IPA未踏IT人材発掘・育成事業、文部科学省科学技術・学術政策研究所の「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」、大学発ベンチャー表彰2019 文部科学大臣賞など。