がんゲノム医療を中心に、情報技術によって医療情報の可視化により医療者や患者を支援している、情報技術研究者で株式会社テンクー代表取締役社長CEOの西村邦裕氏による連載コラムです。
未来の医療のデザインをテーマに、情報技術が臨床の医師の先生に役に立つ事例として、がん遺伝子パネル検査自体を第1回、その中での情報技術の活用を第2回、活用の際に重要になるUX(ユーザエクスペリエンス)を第3回に紹介した。今回は、医療と情報技術、特にAI(人工知能)との関係について考えてみよう。
未来の医療として、AIとの関係、医療AIが語られることも多い。人間とAI、医療とAIの関係はどのようになっていくのだろうか。予防、診断、治療、介護と幅広い分野でAIの活躍が期待されている。私ががんゲノム医療、VR、ヒューマンインタフェースに携わってきた視点から、医療とAIとの関係を紐解いてみる。
人間とAIとの関係を考える際、ロボットをたとえに考えてみると立ち位置がわかりやすい。ここでは、二つのロボットを例としてあげよう。一つは鉄腕アトムである。手塚治虫原作のマンガのキャラクターであり、21世紀を舞台に原子力エネルギーを使って活躍する、人のように感情を持った少年的なロボットである。お茶の水博士に育てられ、人間の世界で生きていくロボットだ。余談であるが、お茶の水博士のモデルの一人は、人工心臓や電子カルテといった医用工学の研究や予防医学への取り組みなどの分野でご活躍された渥美和彦先生である。2019年12月31日に亡くなられたと伺い、心からお悔やみ申し上げる。
もう一つのロボットは、機動戦士ガンダムである。ロボットアニメの一つであり、スペースコロニーへの宇宙移民が始まった世界での物語である。主人公のアムロ・レイはパイロットとしてモビルスーツの一つであるガンダムに乗り、活躍する。ロボットはある意味、人間(パイロット)の能力を拡張するものとして描かれる。
鉄腕アトムと機動戦士ガンダム、強引に分けて考えると、何かを行うときにロボットが最終判断を下すのが鉄腕アトムで、パイロットすなわち人間に任されているのがガンダム、と言える。自律型で人間と対等の関係になり得るロボットがアトム、操作型で最後は人間が判断するロボットがガンダムである。
ロボットをAIに置き換えてみよう。自律型で最後までAIに任せようとするのがアトム型AI の利用法であり、最終判断は人間が行うようにするのがガンダム型AIと言える。現時点での医療を考えてみると、最終的には医師および患者本人が治療を決めていくため、人間とAIの関係から見ると、医療とAIとの関係はガンダム型と言えるだろう。
「AIが仕事を奪う」という観点で物事を見たとき、アトム型の視点のみで考えると、AIにより仕事が奪われて良くないことになる。しかし、ガンダム型の視点を入れることで、AIやロボットが活躍することで人間は人間がやるべきことに集中できると考えられる。
以前、「将棋電王戦」というプロ棋士とコンピュータ将棋ソフトウェア(AI)の対局イベントが行われ、全体を通すとAIの方が勝率が高いという結果となった。その一方で、「電王戦タッグマッチトーナメント」という、棋士とAIがタッグを組んでチームとなり、一緒に対局するというイベントも開催された。ある意味、この手法はAIと一緒に考えて最善の手を打っていくやり方であり、ガンダム型と言えるだろう。
囲碁でも、囲碁チャンピオンとAlphaGoという囲碁ソフトウェア(AI)の対局がなされ、AI側が勝つという結果も出ている。また同じく、AIのAlphaGoとプロ棋士がペアを組んで対局する「ペア碁」というイベントも行われた。棋士は戦うだけでなくペアとなるのも「楽しかった」という感想を持ったとのことである。「ペア碁」もガンダム型である。
個人的には、人間とAIとが「タッグ」「ペア」「チーム」を組む形のガンダム型が医療AIには合っているのではないかと考えている。最終判断は人間が行うものの、判断材料や必要な情報、多角的な視点はAIが提供し、人間の判断をサポートしていく、というものである。また、画像検査において重要所見の見落としなどが最近指摘されることもある。医療安全対策としてもAIが人間をサポートできるだろう。ルーチンや決まった部分はロボットやAIが支援し、複雑な部分、人間の生き方や価値観、考え方、死生観に関わる部分は人間が決めていくという形で、チームを組んで、役割分担をしながら共生していく仕組みができていくのではないだろうか。
医療AIがアトム型、ガンダム型、どちらの哲学に則って開発されたとしても、医療現場、介護現場を助け支援するという意味においては、情報技術としての要素技術は基本的には一緒である。個人的には、医療現場では、その安全性と有用性、有効性、妥当性の観点から、情報技術の恩恵を十分に受け切れていないと考えている。コンピュータの発達と小型化、クラウドの可能性、5Gなどのネットワークの高速化、さらにそれらを運用する仕組みやセキュリティが担保されることで、さらに情報技術の恩恵を受けていくことができると考えている。
さらに、本稿では細かく書かないが、米国FDAも、脳のCT画像を解析して脳卒中の診断を行うContaCT(Viz.AI社製)や、眼底画像から糖尿病性網膜症を診断するIDx-DR(IDx Technologies社製)など、AIを用いた医療機器プログラムを承認し始めている。日本でも、機械学習を用いた内視鏡診断支援ソフトウェアEndoBRAIN(オリンパス社製)や、深層学習を利用した脳MRI分野の画像解析ソフトウェアEIRL aneurysm(エルピクセル社製)などが薬事承認を受け始めている( PMDA 最近の主な取組み状況)。これらの事例のように薬事面からもAIによる医療現場への支援は始まってきている。
医療AIにおいて、最終判断を人間に委ねるガンダム型以外に、個人的に重要と思っていることは、いかに人間まで届けるか、ということである。AIというと、コンピュータが結果を出しておしまい、ということが起こりえる。計算結果やシミュレーション結果、判断の基準材料がAIから出てきたとしても、それを判断する人間、すなわち医師に伝わらなければ意味がない。人間が理解できるように可視化し、判断を支援できることも重要である。さらには、その結果を患者さんや患者さんご家族にわかるように伝えられる仕組みも大事である。私が携わっているがんゲノム医療においては、なるべくAIも用いた結果をわかりやすく伝えられるよう工夫しながら判断支援資料を作成し、エキスパートパネルの先生方に提供している。さらにイラストも用いて、レポートの説明補助資料を作成し、患者さんにもわかりやすく伝える試みを始めている。UX(ユーザ・エクスペリエンス)にも通じるが、「届ける」というところまでしっかり行うことで医療AIが広まっていくだろうと考えている。
西村邦裕 株式会社テンクー 代表取締役社長 CEO
2001年東京大学工学部卒業。 2006年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。同大学の研究員・助教を経て、2011年に株式会社テンクーを創業し、代表取締役社長に就任。大学の頃から、VR技術など情報技術を用いて、医療・ヒトゲノム情報の解析や可視化の研究に従事。大学の研究を社会に還元するために起業し、ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア「Chrovis」の開発を始め、ゲノム医療を情報面から推進する活動を展開。東京大学がん遺伝子パネル検査「Todai OncoPanel」の先進医療Bの情報解析などを担当し、臨床の現場で貢献できるよう取り組んでいる。受賞はMicrosoft Innovation Award、グッドデザイン賞、IPA未踏IT人材発掘・育成事業、文部科学省科学技術・学術政策研究所の「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」、大学発ベンチャー表彰2019 文部科学大臣賞など。