がんゲノム医療を中心に、情報技術によって医療情報の可視化により医療者や患者を支援している、情報技術研究者で株式会社テンクー代表取締役社長CEOの西村邦裕氏による連載コラムです。
未来の医療のデザインを考えると、多量のデータを解析し、エビデンスに基づいて、個々人に合わせた精密医療(Precision Medicine)のイメージも湧く。この精密医療の一つとして現在、始まっているのが「がんのゲノム医療」である。がん遺伝子パネル検査として全国で始まっており、この中に未来の医療をデザインするたくさんのヒントがあるだろう。まず、がん遺伝子パネル検査について紹介していきたい。
がん遺伝子パネル検査は2019年6月に保険収載された。遺伝子パネル検査の流れを図1に示す。
がん患者の腫瘍組織や血液を対象として、がん遺伝子パネル検査が行われる。DNA抽出や次世代シークエンサ(NGS)によるDNAの読み取りが行われ、実験部分であるため、Wet部分とも呼ばれる。その後、コンピュータによる解析と臨床的意義付けがなされ(Dry部分)、エキスパートパネルによる検討があった上でレポートが確定する。そして主治医から患者に説明がなされ、必要に応じて遺伝カウンセリングがなされ、診断や治療が進んで行く。筆者は、このコンピュータによるデータの解析、臨床的意義付け部分をメインに、この分野に貢献しようと活動を行っている。
がん遺伝子パネル検査は、新しい検査ということもあり、いくつか新しい仕組みが導入されている。一つはエキスパートパネルである。がんゲノム医療中核拠点病院とがんゲノム医療拠点病院において、エキスパートパネルが開催され、遺伝子パネル検査で検出された遺伝子バリアントについて、臨床的意義付け、解釈を行い、最終的な治療方針を決定することが行われている。エキスパートパネルでは、がん薬物療法、病理学の医師、遺伝カウンセリングの技術を有する人、分子遺伝学やがんゲノム医療の専門家、バイオインフォマティクスの専門家、主治医などが参加して行われる検討会であり、検査やデータの品質、各遺伝子のバリアントについて議論が行われる。また中核拠点病院および拠点病院と連携したがんゲノム連携病院が指定されており、いずれかの病院の患者が検査を受けることができる仕組みとなっている。
がん遺伝子パネル検査としては、米国食品医薬品局(FDA)において、MSK-IMPACT、Oncomine Dx Target Test、FoundationOne CDxの3品目が承認されている。MSK-IMPACTでは、2017年の時点で1万例以上解析し、論文として報告が流れている[1]。Foundation Medicine社は2013年に報告[2]し、2017年には10万例以上の解析データ(Tumor Mutation Burdenの解析)を発表[3]している。日本においては、国立がん研究センターのTOP-GEAR(Trial of Onco-Panel for Gene-profiling to Estimate both Adverse events and Response)[4]のプロジェクトから生まれたNCCオンコパネル、および、上述のFoundationOne CDxの2品目が2020年3月現在、保険収載されている。その他、大阪大学がOncomine Target Testを用いて、東京大学が独自に開発しているTodai OncoPanelを用いて、先進医療Bが実施されたのが現状である。
このがんの遺伝子パネル検査において、検出した遺伝子バリアントに基づいて、分子標的薬を選ぶことや、マイクロサテライト不安定性(MSI)を見て、免疫チェックポイント阻害剤を選択することが行われる。現在、国内で承認されている薬剤では治療に結びつく例は1割から3割程度であるが、今後、薬剤の選択肢が増えることで変わって行くであろう。また、薬剤選択以外の事例も報告されている。Todai OncoPanelの事例として、病理診断が変更した例もある[5]。病理診断で悪性の軟部腫瘍がMyxofibrosarcomaと診断されていた症例において、AHRR-NCOA2の融合遺伝子が見つかり、良性の軟部腫瘍のAngiofibromaと診断が変わった例である。その後のRT-PCRにおいても、TAF15- NR4A3とAHRR-NCOA2 の融合遺伝子が確認されている。
このがんの遺伝子パネル検査について、今後、個人的に重要となってくると考えている点が、データとその情報解析の部分と、患者さんとの関係の部分の2点である。1点目は、データが蓄積され、そのデータが有効に解析され、様々なアルゴリズムや人工知能(AI)のもとに効果的に活用できるようになることが重要であろう。この点、国立がん研究センターに設置されたがんゲノム情報管理センター(C-CAT)にも期待をしている。また2点目の患者さんとの関係として、どう患者さんに説明し、患者さんおよびそのご家族が理解し、診断、治療などに活かして行くのか、という点が大事になっていくだろう。C-CATの「『がん遺伝子パネル検査』を検討する方にご理解いただきたいこと」[6]という患者さん向けパンフレットの制作に、筆者らも協力させていただいたが、イラストを用いて説明するなど、患者さんへのアプローチが今後、重要になっていくだろう。
次回以降、医療の情報解析部分や患者さんとの関係、ユーザインタフェース(UI)やユーザエクスペリエンス(UX)などに言及し、大きくいえば、未来の医療のデザインなどを考えて行きたい。
[1] Zehir A, Benayed R, Shah RH, et al. Mutational landscape of metastatic cancer revealed from prospective clinical sequencing of 10,000 patients [published correction appears in Nat Med. 2017 Aug 4;23 (8):1004]. Nat Med. 2017;23(6):703–713. doi:10.1038/nm.4333
[2] Frampton GM, Fichtenholtz A, Otto GA, et al. Development and validation of a clinical cancer genomic profiling test based on massively parallel DNA sequencing. Nat Biotechnol. 2013;31(11):1023–1031. doi:10.1038/nbt.2696
[3] Chalmers ZR, Connelly CF, Fabrizio D, et al. Analysis of 100,000 human cancer genomes reveals the landscape of tumor mutational burden. Genome Med. 2017;9(1):34. Published 2017 Apr 19. doi:10.1186/s13073-017-0424-2
[4] Sunami K, Ichikawa H, Kubo T, et al. Feasibility and utility of a panel testing for 114 cancer-associated genes in a clinical setting: A hospital-based study. Cancer Sci. 2019;110(4):1480–1490. doi:10.1111/cas.13969
[5] Kohsaka S, Tatsuno K, Ueno T, et al. Comprehensive assay for the molecular profiling of cancer by target enrichment from formalin-fixed paraffin-embedded specimens. Cancer Sci. 2019;110(4):1464–1479. doi:10.1111/cas.13968
[6] https://www.ncc.go.jp/jp/c_cat/c-cat_pamphlet_A_outline.pdf
西村邦裕 株式会社テンクー 代表取締役社長 CEO
2001年東京大学工学部卒業。 2006年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。同大学の研究員・助教を経て、2011年に株式会社テンクーを創業し、代表取締役社長に就任。大学の頃から、VR技術など情報技術を用いて、医療・ヒトゲノム情報の解析や可視化の研究に従事。大学の研究を社会に還元するために起業し、ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア「Chrovis」の開発を始め、ゲノム医療を情報面から推進する活動を展開。東京大学がん遺伝子パネル検査「Todai OncoPanel」の先進医療Bの情報解析などを担当し、臨床の現場で貢献できるよう取り組んでいる。受賞はMicrosoft Innovation Award、グッドデザイン賞、IPA未踏IT人材発掘・育成事業、文部科学省科学技術・学術政策研究所の「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」、大学発ベンチャー表彰2019 文部科学大臣賞など。