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自分の医療情報を自分で管理するために必要なこと―西村邦裕の「未来の医療のデザイン」(5)

2020年10月2日(金)

がんゲノム医療を中心に、情報技術によって医療情報の可視化により医療者や患者を支援している、情報技術研究者で株式会社テンクー代表取締役社長CEOの西村邦裕氏による連載コラムです。

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自分の情報とは

自分の情報で興味のある3つのことを上げるとしたら、「外からの評価」「お金」「健康」ではないだろうか。自分の外からの評価については承認欲求の一つとも言え、近年はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)がある程度、外部からの評価を教えてくれる仕組みとなっているだろう。お金については、FinTech(フィンテック)によってアプリで銀行や証券会社の情報を閲覧あるいは管理できるようになってきている。

では、健康についてはどうだろうか。令和2年度の情報通信白書[1]にも、パーソナルデータや情報銀行などのキーワードがあり、厚労省の「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会 提言書」[2]でもPHR(Personal Health Record)に関する話題(PeOPLe構想)などが出てきている。情報銀行については複数社、認定を受けており[3]、自分の健康情報を自分で管理する流れが作られつつある。また、令和3年3月(予定)からマイナンバーカードが健康保険証としても利用できるようになる[4]とのことで、自分の情報を一元管理できる流れが進んでくるだろう。

自分の情報を得ることが簡単になってくると、その中で、医療者が患者に医療情報をどう伝えていくのか、という部分が課題になるのではないか、と思う。

自分の情報を知るということ

自分の個人情報を自分で管理できるようにする、という流れはEUの事例が分かりやすい。個人が自分のデータをコントロールすること、コントロールする権利を持つことを定めたのが、EUのGDPR(General Data Protection Regulation; EU一般データ保護規則)[5]である。GDPRにおいては、情報を開示できるようにする「アクセスの権利」や訂正できる「訂正の権利」、忘れられる「消去の権利」などがあるとともに、日本では設定されていないが、自分の情報を再利用しやすくする「データポータビリティの権利」などもある。法律や個人情報の議論については専門家に譲るが、自分の情報を自分で管理する流れが進みつつあると言えよう。

医療においても、「診療情報の提供等に関する指針」[6]にあるように、「カルテ開示」によって個人が自分の情報を閲覧できるようになっている。

その次に重要なのが、自分の健康情報を手に入れた後、それをどのように理解するのか、どう活用するのか、であろう。背景知識や情報がない中で、専門的な結果を見て、自分なりに解釈してしまうと誤解が生まれることもあるだろうし、かといって、全く自分の情報を理解しないのも課題となる。ある程度自分の情報を理解できるように学ぶ機会をどう作るかが重要となるだろう。

患者への説明と患者の相談

医療情報の場合、患者は医師からの説明を聞きつつ、検査結果や診察結果を受け取ることが主となる。一方、「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」[7]によると、医師が1日に費やした時間(分)の内訳は、「医療記録(電子カルテの記載)」が93分、「患者への説明・合意形成」が82分であり、時間数が多い上、他の職種(コメディカル職種)と分担できない部分が多いという結果となっている。ある意味、医師の患者説明は時間的な負担の大きいタスクだと言えよう。

また、自分の情報を知りたいこととどこまで比例するかわからないが、相談件数も一つの指標ではないだろうか。がん相談支援センターの相談件数の結果[8]を見ると、平成20年(2008年)から平成28年(2016年)にかけて相談件数は約2.7倍に増え、総数も約100万件となっている。自分の健康情報をきちんと知って対処したい、という人が増えているのではないかと考える。

検査の結果をわかりやすく伝える

自分の医療情報の理解が重要なこと、医師から患者への説明の時間的負担を考えると、分かりやすい医療情報の伝達とそのための仕組みは今後、ますます必要となるだろう。

血液検査や尿検査の結果は、現在、紙で渡されることが多く、また、検査結果のみが記載されていることが多い。健康診断結果や人間ドックだと少しは説明がついていることもあるが、まだまだ改良の余地はあると思う。今後は、検査結果と個々人に合わせた分かりやすい解説などを先に渡した上で、重要なところだけ医師から説明を受けたり、疑問点について医師に質問したりする形にすることで、お互いによりスムーズなコミュニケーションが進むのではないかと思う。あるいは、別途、一般的な背景知識から基本的な内容の説明をする仕組み(それが人であってもコンピュータであっても)があると、医師はその人に応じた部分のみの説明をすることで、聞く個人は、より自分の健康状態や疾患の状態への理解も深まる上、医師の時間の節約にも繋がるだろう。

薬剤については、製薬会社が添付文書だけではなく、分かりやすく説明するための文書なども作り始めている。医師向けの薬剤の資料はすでに多く存在するため、加えて一般向けの冊子も増やしていくことが望まれる。臨床試験は、同意書の説明にさらに工夫を加えていけば、理解がしやすくなるだろう。検査結果の説明についても、医師向けだけでなく、一般向けの説明補助資料、背景説明資料などが充実していけば良いのではないだろうか。また今後は、紙だけでなく、動画やインタラクティブなWeb、あるいは情報を入力するとパーソナライズされて出力されるコンテンツなど、様々な仕組みで、情報を分かりやすくする仕組みが出てくるだろう。

結果を伝える取り組み

egfr pathway

図1 EGFRのPathway (株式会社テンクー)

筆者らは、がん遺伝子パネル検査の結果を分かりやすく伝える取り組みを行っている。説明補助資料という位置付けに近いもので、がん遺伝子パネル検査で見つかった遺伝子異常(バリアント)に関連して、その人に向けたレポートを作成している。対象のがんの組織の遺伝子異常は個人差・組織差も多く、治療の個別化にも繋がるためである。見つかった遺伝子異常に関して何らかのターゲットとなるような薬剤がある場合には、Pathwayの絵を描き、検査結果を医師の先生が説明しやすいよう、個人向けの説明補助資料を作成しようと試みている。これは、検査で検出された遺伝子異常とアクセス可能な薬剤や治験について、最新の情報に基づいて整理して伝える必要があり、情報が図も含めてまとまっていると、時間の短縮と理解の促進に繋がるためである。図1にEGFRに関連したPathwayの図を示す。まだ、分かりやすさなどは発展途上だが、資料自体としても個人の理解を促し、説明する医師としても適切に伝えやすい資料を合わせることで、医師の負担を減らせる試みとして行っているところである。

個人が自分の健康情報、医療情報を自分で管理していく世界に今後なっていくとともに、その情報を適切に理解できるようにサポートする仕組みが重要となっていくだろう。

参考資料

[1] 総務省 令和2年版 情報通信白書
[2] 厚生労働省 保健医療分野におけるICT活用推進懇談会 提言書
[3] 総務省 「情報銀行」に係る取組等
[4] 政府広報オンライン 「マイナンバーカードが健康保険証に!」
[5] 個人情報保護委員会 GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)
[6] 厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」
[7] 厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」研究班
[8] 厚生労働省健康局 がん・疾病対策課 「がん診療連携拠点病院等における相談支援について」

西村邦裕

西村邦裕 株式会社テンクー 代表取締役社長 CEO

2001年東京大学工学部卒業。 2006年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。同大学の研究員・助教を経て、2011年に株式会社テンクーを創業し、代表取締役社長に就任。大学の頃から、VR技術など情報技術を用いて、医療・ヒトゲノム情報の解析や可視化の研究に従事。大学の研究を社会に還元するために起業し、ゲノム医療のためのトータルソリューションソフトウェア「Chrovis」の開発を始め、ゲノム医療を情報面から推進する活動を展開。東京大学がん遺伝子パネル検査「Todai OncoPanel」の先進医療Bの情報解析などを担当し、臨床の現場で貢献できるよう取り組んでいる。受賞はMicrosoft Innovation Award、グッドデザイン賞、IPA未踏IT人材発掘・育成事業、文部科学省科学技術・学術政策研究所の「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」、大学発ベンチャー表彰2019 文部科学大臣賞など。