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「医師の働き方改革」「医療資源の適正配分」が可能に―オンライン診療が切り拓く医療の形(1)

2019年11月29日(金)

シリーズ解説:医療情報技師である井上昌弘氏が、オンライン診療の要点および今後の動向について解説する連載コラムです。

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はじめまして。医療情報学会認定の医療情報技師である井上昌弘と申します。地方公共団体の医療政策の担当部、大手医療法人の本部企画部門、オンライン診療で予防医療の確立を目指す会社の法務担当を経て、現在は医療法人の役員を務めております。医療法制については、行政、経営、現場の3つのレイヤーで携わって参りました。これから5回にわたり、オンライン診療の要点および今後の動向について解説していきたいと思います。よろしくお願いします。

オンライン診療ガイドライン、6つのポイント

2019年4月、「オンライン診療の適切な実施に関する指針(オンライン診療ガイドライン)」が改訂されることになりました。オンライン診療ガイドラインの改定の主要部分は、以下の6つのポイントに分けられます。

① オンライン診療を行う医師への研修の義務付け

2020年4月以降にオンライン診療を行う場合、厚生労働省の定める研修を受講することが定められました。現在オンライン診療を行っている医師は2020年10月までに研修を受講することが必要です。ただし、医師が受けるべき研修の詳細についてはまだ発表されていません。

② オンライン先の医師、看護師がある一定の処置や検査を行う事が可能に

対面診療を行ったことのある主治医がそばにいること、オンラインの先にいる医師が十分な情報提供を受けていることが要件となりますが、オンラインの先の医師、看護師、准看護師が、ある一定の処置や検査を行うことが可能となりました。また、オンラインの先にいる医師は原則として、訪問診療などを定期的に行っている医師であることを前提としています。

看護師、准看護師が可能な診療の補助行為としては、オンライン診療開始時の診療計画と訪問看護指示書に基づいて予測できる範囲内で行うことと定められました。また、新たな症状などが生じた場合には、医師の指示のもとで追加的な検査を行うこともできるようになりました。

③ オンライン診療での処方が可能に

在宅診療などでは、発症が容易に予測され、経過が変わらない疾患に対して、オンラインでの診察による常用薬の処方が可能となりました。ただし、診療計画に対象疾患名とともにその旨を記載する必要があります。

④ 診療計画の保存期間の決定

これまでのガイドラインでは診療計画の保存期間が定められていませんでしたが、今回、保存期間が2年と定められました。

⑤ 医師の身分証明

これまでのガイドラインでは患者側の身分証明が必要でしたが、今後は医師側の身分証明も必要となり、身分証明の方法も明記されることになりました。

⑥ 産業医の業務の変更

面接指導や保健指導、健康相談といった産業医の業務が、診療ではなく「遠隔健康医療相談」のカテゴリーとなりました。すなわち、産業医の業務はオンライン診療ガイドラインの規制を受けるものではないと明言されたのです。

オンライン診療で何が変わるか、5つのポイント

さて、このオンライン診療で何が変わるのでしょうか。オンライン診療が可能となることによって、以下の5つのポイントが今後変わっていくと考えています。

① 患者の受診機会の増加

夜間まで開いているクリニックでは、閉院時間ギリギリに飛び込んでくる患者さんがよく見られます。重度の糖尿病といった慢性疾患であっても、働きながら通院するという状況が増えてきています。「会社が終わってから通院したい」「そのために診療所は長時間開けていてほしい」という需要がある一方、現実問題として医師がそこまで長時間の対応をすることはできません。その解決策として、特に慢性疾患の場合、診察を(一部)オンラインで行い、処方を遠隔で行うことが今後、可能になるのです。

② 医師の少ない地域での医療の提供の可能性

僻地や離島でも、人が住んでいる以上医療の需要は存在します。現在、北海道の公立病院の勤務医募集が東京の電車の中吊り広告で大々的に掲げられているほど、医師の遍在が社会問題となっています。

しかし現状は、僻地や離島といった医師の少ない地域に、新たに医師を強制的に配置することも、誘導することも困難です。またそのような地域では、医師は単独もしくは少数で医療を担うことになるため、万一専門外の疾患にあたった場合、不安を抱えたまま診察・処置・診断を行うことになります。このようなハードルのために、志のある医師でも僻地・離島への赴任を敬遠してしまう状態が続いています。

オンライン診療の整備により、今後、オンラインを通じて専門医や経験の多い医師からアドバイスを受けられるようになれば、現地の医師も自信をもって診療にあたることができるでしょう。

③ 医療資源の集中が可能に

専門医とそれに付随する専門的な医療資源(専門的技能をもったコメディカルや医療機器など)を集中させることによって専門医やコメディカルの専門性が維持向上され、限りある医療資源の効率的運用が可能となります。これは、一見すると診療科の遍在解消とは逆の方向のように見えますが、医療資源を集中させた後、もともと医療資源があった場所に医療資源がなくなってしまったという場合、その場所で専門的な医療の提供を継続するための手段としてオンライン診療を活用できるのではないかと考えています。すなわちオンライン診療は医療資源の適正配置にも役立つことになるでしょう。

④ 医師の働き方改革

現在、医療業界にも働き方改革の波が押し寄せています。医療者の過重労働や産休・育休、介護による離脱などの問題は、オンライン診療を組み合わせることによって軽減させることができると考えています。例えば、医師が1人しかいないクリニックにおいても、場合によっては代診で別の医師がオンラインで診療を行う、また時間帯によっては、いつも診療している医師がオンラインで診療することによって医師のワークライフバランスを保つことが可能になると考えられます。

⑤ 統合的な診療の可能性

最後に、これは診療科やそれぞれの医師のスタイルによって大きく異なるため、机上の空論になるかもしれませんが、統合的な診療の可能性について述べたいと思います。例えば、内科医と眼科医が勤務するクリニックで、眼科医が週1回木曜日の午後に地方で診察があり、普段いるクリニックでは木曜日に勤務できない場合を考えます。このクリニックで内科と眼科を受診している患者が、例えば木曜日の午前に内科医にかかった場合、別の日に眼科医の外来に来る必要があります。しかし、眼科医が木曜日午前に地方からオンラインで診療することができれば、患者は木曜日午前の1回の通院だけで眼科と内科の診療を受ける事ができるのです。別の専門を持った医師が患者を多方面から見る専門の水平的統合の可能性もあるといえます。

また同じ科の医師であっても、一人は問診をオンラインで担当しつつ、実際の処置はその場にいる別の医師が行うなどの連携、いわば専門の垂直的統合も可能ではないかと考えています。

オンライン診療の肝は「看護師」

ここまでは、オンライン診療が提供可能になることによって、一般的にどのようなことが可能となるかについて解説してきました。ここからは具体的に、今回のオンライン診療ガイドラインの改訂において私が注目している点について述べたいと思います。

私が最も注目している点は、オンライン診療における「Doctor to Patient with Nurse(D to P with N)」の体制がガイドラインに記載されている箇所です。実際の運営(特に外来と在宅診療を行っているクリニック)であれば、D to P with Nの類型が非常に役立つと考えています。

今後、個人診療所の実質的な開設規制が予定されている中で、診療所が在宅診療を行う必要が出てくるケースが増えると考えられます。さらに、クリニックの外来患者だけでは患者数が頭打ちになる可能性もあります。そのため、今後はクリニックであっても外来と在宅の両方を行うニーズが高まります。しかし、患者宅を回る必要のある在宅診療では、移動に時間を取られてしまい、外来診療との両立は時間的に難しい場合が多いでしょう。

しかし、明らかに症状が安定している患者であれば、医師が患者宅を回るより、看護師に回ってもらった方が効率的な在宅診療の運用を行えます。つまり、看護師が患者宅を巡って、在宅患者のベッドサイドからスマートフォンなどを利用した動画の通話を医師に繋げて、診療計画と訪問看護指示書の範囲内で看護師が処置をし、オンラインから医薬品の処方を行えば、医師自身による訪問回数を少なくすることができるのです。このような形をとることで、外来を受け持つ診療所の医師が在宅診療も行うことへのハードルが低くなると考えられます。

さらに、診療所の看護師だけでなく、訪問看護ステーションとも連携を行うことにより、在宅診療で対応できる患者数を増加させられ、訪問看護の回数と対象者の増加という訪問看護ステーション側のメリットもあるといえます。このようなシステムを構築することで、多くの在宅患者に密度の濃い医療を提供するための体制を整えることができます。オンライン診療は地域包括ケアシステムの運用の大きな要になると考えています。

また、私が注目している点は、産業医の業務がオンライン診療ガイドライン上、「遠隔医療健康相談」となったため、いわゆる産業医面談はオンライン診療のガイドラインの規制を受けなくなったことです。これにより、産業医面談では、チャットやメールなど様々な手段を利用することができるようになりました。少なくとも当面の間はチャットやメールだけで産業医面談が完結ということはなく、オンラインであっても面談者のプライバシーを確保できる環境における「面談」になると考えています。

文字通り面と向かっての「面談」から解放されることで、産業医と労働者双方が気軽にコミュニケーションを取ることができるようになれば、産業医は職場環境を把握しやすくなり、健康な職場作りや精神疾患などによる退職者の減少効果をもたらせるのではないかと考えています。

最後に、緊急避妊薬いわゆるアフターピルがオンラインのみで処方できることが話題となっています。この点については、単に医療安全の問題だけではなく、社会的、倫理的な部分を含めた賛否があり、これを論ずるには多方面からの考察などが必要となるため、改めて別稿にて論じたいと思います。

オンライン診療への一歩

オンライン診療はよくわからないシステムと思われる先生もおられるかもしれません。しかし、オンライン診療ガイドラインには、オンライン診療は汎用ツールでも行うことができる事が明確に記述されています。専用のツールがなくても簡単に始めることができるのです。

オンラインの先にいる患者さんを救える、もしくは重篤な状態にしないという活動は医療者として興味があるのではないかと思います。いつも診療している患者さんに加え、オンラインの先で確実にもう一人救える人がいるはずです。一歩踏み出してみませんか?

井上昌弘

井上昌弘

医療情報技師。現在は、診療所と訪問看護ステーションを有する医療法人の役員。医療については、行政庁、大手医療法人の企画部門、中小規模の医療法人に属し、行政、経営層、現場(事務)の3つのレイヤーでの経験を有する。