2019年5月9日~11日に開催された第18回日本病理学会総会のレポート記事です。
慶應義塾大学医学部病理学教室講師の橋口明典氏は、第108回日本病理学会で講演し、AIによる病理情報活用には数々の課題が残されていると強調。その中で同氏らが取り組んでいる病理画像情報の規格化について解説した。
橋口氏は現在の病理診断でのAI活用で考慮すべき点について
▽AIによる診断根拠のブラック・ボックス化
▽特定作業のために構築したAIが他の作業に活用不可
▽大量かつ正確な学習データの必要性
の3点を指摘。
そのうえでこれらの考慮すべき要点以前に「例えば放射線画像ではDICOM規格があるものの、病理画像は撮影機器によりフォーマットが異なり、使用レンズなど付与すべき情報も与えられておらず、染色状況も違う」と述べ、画像間の直接比較が難しい状況にあるとの認識を示した。
橋口氏は、ある病理画像撮影システムで撮影した病理画像でがん病変と非がん病変の鑑別精度が100%のAIを構築しても、他の病理画像撮影システムで撮影した画像を用いると92.7%まで低下するという実例を紹介。このケースでは病理画像の色調を整えるヒストグラム・マッピングを用いることで鑑別精度を100%に向上できることから、病理画像の規格化の実現が臨床診断への応用のカギを握るとの見解を表明した。
とりわけ大量かつ正確な学習データの準備では、「病理画像をWSI (Whole Slide Imaging)に取り込むというのではなく、日常的に病理診療の記録として病理画像を残す習慣をつける(大量化への取り組み)とともに、病理画像として日常的に分析可能なように病理学的な付帯情報を付ける(正確化への取り組み)ことが重要」と述べた。
そのうえで日本医療研究開発機構(AMED)の平成29年度未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業「臨床現場の医師の暗黙知を利用する医療機器開発システム~『メディカル・デジタル・テストベッド』の構築~」に採択された慶應大学医学部病理学教室による研究課題「病理診断プロセス暗黙知を“見える化”し、治療法選択のための医療機器開発に資する病理情報テストベッド構築」(研究代表者:同大学病理学教室教授・坂元亨宇)について簡単に紹介した。
同研究では電子顕微鏡にデジタルカメラを接続し、病理画像を日常的に取り込むパイロット機器を作製。そこで撮影された病理画像に機器特有の信号特性や撮影組織の情報を付与するとともに色調較正を施して検索可能なデータベースに蓄積する。橋口氏は「こうすることで異なる撮影機器同士の病理画像の直接比較が可能になり、AIによる学習用データセットの構築も容易になる。結果としてAIが無駄な学習をする必要もなくなる」と強調した。
村上和巳
1969年宮城県生まれ。中央大学理工学部土木工学科卒。医薬系専門出版社で記者経験の後、2001年からフリー。2007~08年はオーマイニュース日本版デスク。現在は医療、国際紛争、災害・防災の3本柱で執筆、講演活動などを行う。医療では一般向け・専門向け媒体の双方で活動。ForbesJapanオフィシャルコラムニスト。著書に「化学兵器の全貌」(三修社)、「大地震で壊れる町、壊れない町」(宝島社)、共著に「がんは薬で治る」(毎日新聞出版)など多数。