2019年1月26日に開催された第11回日本ロボット外科学会学術集会のレポートです。
2019年1月26日に名古屋市で開催された第11回日本ロボット外科学会学術集会で「保険適応の拡大における現状と今後の課題」と題したパネルディスカッションが開催され、心臓外科、呼吸器外科、下部消化管外科、肝胆膵外科、婦人科、泌尿器科のそれぞれの領域で、昨年4月に保険適用拡大となってからの現状と、今後に残された課題が議論された(前後編の2回に分けて公開。パネルディスカッション部分は後編で公開)。
前編では、心臓外科、呼吸器外科、下部消化管外科、肝胆膵外科、婦人科、泌尿器科のそれぞれの領域でのロボット支援手術の現状についての講演を紹介する。
ロボット支援手術を巡っては、2012年に前立腺悪性腫瘍手術で、2016年に腎悪性腫瘍手術で保険適用されたほか、2018年4月の診療報酬改定で新たに12件が保険適用になった。ロボット支援手術で使われる手術支援ロボットの「ダビンチ」は、従来の内視鏡手術を三次元高解像度の視覚情報とスムーズで精度の高い鉗子の動きを支援するのが特徴だ。
なお、2018年4月から新たに保険適用となったのは以下の12件。
パネルディスカッションではまず国立循環器病研究センター心臓血管外科の角田宇司氏が「心臓外科領域におけるda Vinci surgical system使用の現状と今後の展望」と題して講演した。心臓外科領域では、昨年4月の診療報酬改定で胸腔鏡下弁形成術がロボット支援手術の適用となった。
角田氏は同センターでの僧帽弁形成は昨年4月以降は全てロボット支援手術で行われていると紹介したうえで、ロボットを使わない通常のMICS(低侵襲心臓手術・小切開心臓手術)と比べて、手術時間が短く、弁形成の質が良い可能性が示されたと説明した。
心臓外科ではロボット支援手術の実施施設は集約化の方向で、施設基準を満たす施設は全国で18施設であるという。
続いて登壇した福岡大学病院 呼吸器・乳腺内分泌・小児外科の山下眞一氏は「保険診療における呼吸器外科領域での運用と課題」と題して講演した。呼吸器外科領域では、胸腔鏡下縦隔悪性腫瘍手術、胸腔鏡下良性縦隔腫瘍手術、胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術(肺葉切除または1肺葉を超えるもの)が昨年4月からロボット支援手術の保険適用となっている。
一方で、日本肺癌学会の肺癌診療ガイドライン(2018年版)では、「臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対して、ロボット支援下肺葉切除を推奨するだけの根拠が明確でない」としている。
山下氏はロボット支援手術と従来の腹腔鏡下手術との同大病院実施症例の比較を紹介した。治療成績ではロボット支援手術も同等で、手術費などの費用はロボット手術の方が高額となった。1回あたりの手術料は80万7630円で、ロボットの年間維持費が1400万円かかるため、年間18症例の手術をする必要があるとした。
肺癌手術のロボット支援手術は、従来の腹腔鏡下手術と比べて完全に優位性が証明されたわけではない。今後は症例数をロボット支援手術の有用性を証明していく必要があるとして山下氏は講演を締めくくった。
次に東京医科歯科大学消化管外科学分野の絹笠祐介氏が「下部消化管領域におけるロボット手術の現状と課題」と題して講演した。まず、絹笠氏はロボット支援手術の現状について解説した。直腸癌のロボット支援手術は国内の57病院で実施しており、過去三年間で899件、昨年1年間だけで296件が実施された。なお、保険収載の前後では、直腸癌のロボット支援手術件数は約4.5倍に伸びた。
2017年にJAMAに掲載された直腸癌におけるロボット支援手術と腹腔鏡手術の成績を比較したランダム化比較試験の論文では、ロボット支援手術は内視鏡手術と比べて開腹移行率が有意には低下しないとした結果が示された。ただし、ロボット支援手術経験数が70症例以上をなると、腹腔鏡手術の経験数にかかわらず、ロボット支援手術の方がアウトカムが有意に良いという結果もあるという。
ロボット支援手術の今後の普及については、消化器領域では施設基準の厳しさが課題になっていると絹笠氏は述べた。現状は術者が腹腔鏡手術の技術認定制度で合格している必要があるが、合格率が低いこともあり、ロボット支援手術の術者の壁になっているとした。
続いて藤田医科大学総合消化器外科の杉岡篤氏が「肝胆膵外科領域におけるロボット支援下手術の現状と展望」と題して講演した。肝胆膵領域のロボット支援手術は昨年の診療報酬改定では保険収載されなかったが、同科では2009年からこれまでに肝胆膵領域のロボット支援手術109例を自費診療で実施してきた。
杉岡氏は、ロボット支援下肝切除には、肝外グリソン鞘一括確保や解剖学的肝切除などの利点がある一方で、術者の空間識失調が課題になること、肝実質切離用の専用デバイスが現状ないことなどを課題に挙げた。特にデバイスについては、ロボット支援手術は泌尿器など他の領域での実施が多く、肝胆膵領域での手術に特化したデバイスがなく、今後の新たなデバイス導入について期待を示した。
京都大学医学研究科婦人科学産科学分野の万代昌紀氏は「婦人科領域のロボット支援手術に対する保険適応の拡大における現状と今後の課題」と題して講演した。産婦人科領域では、腹腔鏡下子宮悪性腫瘍手術(子宮体がんに限る)と腹腔鏡下膣式子宮全摘術が昨年4月から保険適用となった。
万代氏はまず腫瘍手術における、産婦人科領域特有の課題を説明した。産婦人科領域では子宮の良性腫瘍が多いが、腹腔鏡手術では多くは良性腫瘍が対象となり、悪性腫瘍は開腹手術で行われてきた。実際、日本における診療科別低侵襲施術浸透率では、婦人科がんは22%となっており、多くが開腹手術がなされている。
つまり、内視鏡技術認定医の多くは良性腫瘍の手術を行う生殖専門医で、一方で専門性の高い腫瘍の専門医は内視鏡手術の経験に乏しいが開腹手術のエキスパートとなっている。「これまで悪性腫瘍の手術は大学等で開腹手術で、良性腫瘍の手術は市中病院で腹腔鏡手術でされてきた。大学等でのロボット支援手術の普及に当たり、これまで腹腔鏡手術の経験が乏しかったことがねじれとなり、課題になっている」と万代氏は指摘した。
こうした中で、日本産婦人科学会では婦人科領域のロボット支援下腹腔鏡手術に関する委員会を設置し、教育やセミナーの実施、指針の策定などを進めているとした。同委員会に2014年~2017年の間に報告されたロボット支援手術357例のうち、良性腫瘍は15%、70%が初期の子宮浸潤癌だった。ただし、保険適用後の2018年ではロボット支援手術は良性・悪性ともに増えているが、良性の増加数が顕著となっている。
最後に、名古屋大学大学院医学系研究科 泌尿器科学の後藤百万氏が登壇し「泌尿器科領域におけるプロクター制度・教育プログラムの構築」と題して講演した。泌尿器領域でのロボット支援手術は、2012年と最も早い時期に前立腺悪性腫瘍手術が保険適用となったため、経験も豊富で教育制度なども進んでいる。後藤氏は、「新しい手術技術の開発と普及には、学会として外科医の技術を担保し、安全で適切な普及を図る責任がある」として日本泌尿器科学会と日本泌尿器内視鏡学会による取り組みを紹介した。
泌尿器科領域でのロボット支援手術を巡っては、日本泌尿器科学会と日本泌尿器内視鏡学会がガイドラインや手術教育プログラムを2010年に作成しており(2018年改定)、両学会では2014年にプロクター認定制度委員会を設置し、プロクター制度を運用している。後藤氏は、プロクター(手術指導医)の役割として、術前コンサルトから実際の現場での機器の準備かやチームの動きなどの指導、術者とチームにフィードバックと教育的指導を行うことなどを挙げた。プロクター申請資格は、ロボット支援手術を独力で遂行できる技術を持ち、主たる術者として40例以上執刀した経験があるなどだ。
各領域でのロボット支援手術を巡る現状は、それぞれの領域特有の問題を抱える。後半のパネルディスカッションでは、領域ごとの問題を整理しながら、共通の課題についても議論がなされた。
長倉克枝 m3.com編集部