ツカザキ病院眼科で眼科医兼人工知能エンジニアのチーフとして働く升本浩紀氏が、自らのAI開発の経験をベースに、医療AIの現状について紹介する連載コラムです。
日本は病院の数が非常に多いという報告があります。
ここで、一般的ないわゆる「医療AI」とは、医師なしで病気を診断するようなイメージがあるかもしれません。しかし、病院が豊富にあって、かつ、最高でも3割の負担で診察・治療が受けられるこの日本において医師無しでAIに診断をしてほしい患者さんが果たしているのでしょうか?
将来、医療費がどんどん削減されていくのであれば、日本においてもそのようなAIが必要になるかもしれません。しかし、少なくとも現在の日本においては、スクリーニング用のAIが必要であると感じている患者も医師も少ないのではないかと思います。
海外では、日本のような国民皆保険制度がない、また、日本には存在しないレベルの貧困層がいることから、そのような貧困層のためのAIによるスクリーニングシステムが求められています。一方で、日本において求められているAIは効率化、最適化につながるようなAIではないかと考えています。
では、効率化・最適化とは具体的には何を指すのでしょうか? 私の考えとしては、
1. フォローアップ系AI
2. 安全管理系AI
3. 計測系AI
という3つに大きく分られるのではないかなと思います。
24時間365日安定して稼働できるのがAIの強みの一つだといえます。たとえば、医師が患者さんの行動をずっと監視したり、病院が閉まっている時間に対応したりすることは不可能です。これに対し、近年流行のDTx(Digital Therapeutics)はまさに、AIの強みを医療に生かすすことができるシステムといえます。
たとえば、タバコを吸いたくて困っているという患者さんの訴えを医療機関で聞くことは可能です。しかし、家にまでついて行ったり、24時間患者さんに寄り添ってタバコの悩みを聞いたりするのは現実的には不可能です。そこで、ソフトウェア(AI)のチャットボットが悩みを聞いてくれるというのは非常に有用なアプローチではないでしょうか?
我々は、AIによって点眼状況を把握する点眼瓶センサーというデバイスの開発を行っています。これは、点眼瓶とそれにセットになっているモーションセンサーによって、患者さんが点眼動作を正しく行ったかどうかを、AIを用いて判定するデバイスです。このデバイスを用いることで、99%以上の正答率を持って正しく点眼動作が把握できていることが分かりました。
人間というのは必ず気分によるムラがあるものです。いかに普段から冷静な人でも疲れていたら集中力が低下するなど、一定のパフォーマンスを維持し続けることは不可能です。また、ヒエラルキー構造があるような縦社会の組織だと、例えば上司がミスを犯していた場合に、指摘しにくい現象が必ず発生します。また、周りの答えに流されてしまう同調圧力も必ず発生します。
AIの強みとして、集中力に一切ムラがなく、上司部下も関係なく、同調圧力を受けないことが挙げられるでしょう。人間とは一切独立した視点でミスから患者を守ることにAIは使えるのではないでしょうか?
我々は、AIによって眼科手術における最重要チェック項目である個人識別、左右眼認証、眼内レンズ認証の3つのモジュールからなる「Deep Safety」というアプリケーションを構築しました。これまで、患者の取り違えや左右の目の手術間違い、眼内レンズのミスなどが様々な施設で発生し、大きなニュースとなっています。個人、患側、眼内レンズのミスは、そもそも手術手技の上手下手以前の問題です。そのような悲惨、かつ人間だけでは防ぎ難いヒューマンエラーを、AIの力を借りて防ぐことができたらと思っています。
病気のあるなしを識別するAIは説明不可能なAIとされ、日本の医療現場においては非常に受けいれられにくいAIであるといえます。一方でSegmentationやGradingだと診断がすでにある程度ついている文脈であり支持されやすいAIだといえるでしょう。
たとえば眼科においては、網膜の厚みが所見として重要なことがあります。毎回マニュアルで層の厚みを測ることは、研究では可能ではあるかもしれませんが、忙しい実際の臨床現場においては時間がなく難しいと考えられます。その意味で、人間が確認すると面倒な、一方で従来の画像処理などでは不正確な指標を、AIを用いて測定することで、正確に測定し臨床に生かすことができるでしょう。
また、Gradingについては、人間が診断すると毎回診断がぶれることがあります。例えば、我々は日本眼科アレルギー学会の重症度分類をAIで行うという論文を発表してきました。
この研究では、専門家がアノテーションを行なっても、Gradingの結果にブレがある、同じ画像に対して異なるGradeをつけてしまうということがわかりました。このようなAIを構築することによって、医師がそれぞれ好き勝手につけていたGradeを画一化することができ、ひいては治療を画一化できるのではないかと考えています。
連載6回目の今回は、どのようなAIが社会的に求められていると我々が考えているかを紹介しました。このように社会において、求められているタスクを見極めながらAIを開発していくことが、AIの「実装」には必要ではないでしょうか?
升本浩紀 ツカザキ病院 眼科 医師/株式会社シンクアウト 最高技術責任者
2016年 東京大学医学部卒業。在学中に中小企業診断士や公認会計士試験に合格。2018年からツカザキ病院。眼科医として臨床を行う傍ら、医療AIの研究・開発に取り組んでいる。日本眼科AIのトップランナーとして国内外の学会や、医師、医学生向けの講演をを多く行っている。関心領域はオペレーションマネージメントや、スマートフォンを用いたビジネス。好きな人工知能フレームワークはPyTorch。