2019年10月23〜25日に幕張メッセで開催された第2回医療IT EXPOの開催レポートです。
10月23日から25日まで幕張メッセで、医療およびヘルスケア分野へのIT応用に関する日本最大の展示会である「医療IT EXPO」が開催された。この展示会で行われたセミナーでは、初台リハビリテーション病院院長の菅原秀和氏による「リハビリテーション医療における情報システムとAIの活用」および、株式会社日立ハイテクソリューションズの岡田吉弘氏による「チーム医療に貢献するAI開発」という講演が行われた。
二つの講演では、初台リハビリテーション病院と日立ハイテクソリューションズが共同で開発し、病院内で運用されている高精度退院予測システム「awina」について詳しく解説された。
脳卒中などにおける回復期リハビリテーション病棟では、医師をはじめ、看護師や管理栄養士、薬剤師、理学療法士(PT)・作業療法士(OT)・⾔語聴覚⼠(ST)などの医療チームの連携によって、患者が元の生活に戻れるようサポートを行う。そこで重要になるのが、「患者がいつ頃退院できそうか」という予測である。
患者の自宅内には段差があったり、階段やトイレなどに手すりがなかったりするため、不自由な体で暮らすには適さないことが多い。そのため、退院前に医療スタッフが自宅を訪れ、どのように改修するのかを決め、退院までに改修工事を完了させる必要がある。理想は、病院側が退院時期を正確に予測し、退院時期の約1カ月前から退院の準備に取り掛かり、患者が退院したときには自宅でも不自由なく受け入れられる状態にしておくことである。
このように、患者の社会復帰には精度のよい退院予測が不可欠だが、1カ月後に退院しても自宅で暮らしていけそうかどうかを予測することは至難の業であり、従来は経験を積んだ医療スタッフの勘に頼っていた。しかし、近年の医療現場では、経験の浅いPT・OT・STの比率が増えており、医療現場でのスタッフの質にばらつきがある。経験の浅いスタッフでも精度のよい退院予測ができないか。これが、退院予測システム「awina」を開発するきっかけとなった。
初台リハビリテーション病院では、すでに「MTBTec」という回復期リハ病棟専用の電子カルテを独自に開発して導入していた。そこで得られた患者のデータを使い、新たに高精度な退院予測システムを作ることにしたのだ。ちなみに、「awina」とはニュージーランドの公用語のひとつであるマオリ語で、「手助けする」という意味の言葉である。
「awina」の学習用データは、初台リハビリテーション病院の過去十数年間分の電子カルテ情報だ。患者の各種情報を入力することで、類似の症例の統計情報や回復に向けた推奨プラン、予測退院日、退院時予測ADL(日常生活動作)情報などが出力され、経験を積んだ医療スタッフと同じようにリハビリの計画立案をサポートする機能を持つ。
なお、awinaのAIエンジンは日立ハイテクソリューションズで独自に開発したものを使った。ITプラットフォーム部の岡田吉弘部長は、こう語る。「汎用的なディープラーニングソフトを使うと、どうしても精度を示す相関が7割程度にとどまってしまいます。しかも、どのようなプログラムを使ったのかがブラックボックス化されているので、それ以上精度を向上させるのが困難です。ですから、時間はかかりましたが、AIエンジンを独自で開発することにしたのです」。
こうして約1年5カ月の年月をかけてawinaが開発されたが、2018年1月に導入した当初は、退院時ADLの相関係数は、スタッフ0.64に対してawinaが0.57と、スタッフの方が予測的中率が高かった。精度が低い原因を医師とともに追究したところ、たとえば「うつ病を発症している人は回復に時間がかかる傾向にある」といった医療スタッフの間で長年蓄積されてきた知識やノウハウが反映されていなかったことがわかった。そこで、こういった情報も併せて精度向上につとめたところ、2019年9月現在でAIの相関係数は0.95と、スタッフの予測精度を上回るようになったという。
初台リハビリテーション病院の菅原秀和院長は、今後の展望を次のように語る。「患者さんがある程度動けるようになってくると、約3割の患者さんが自分でトイレに行こうと思って挑戦するものの転倒し、場合によってはまた骨折することがあります。経験豊かな看護師は、前回の排尿量から、次は何時間後に尿意を感じるかを精度高く予測するため、事前に排尿の誘導をし、転倒を防ぎます。将来的には『〇〇号室のAさんは、あと10分以内に尿意のために起き上がってトイレまで歩いてしまいます。早めにトイレに誘導してあげましょう』といったアラートをナースコールに入れられたらと思っています」。
今井明子
1978年兵庫県生まれ。2001年京都大学農学部卒。酒造会社や編集プロダクションなどの勤務後、2012年からフリーライターとして活動。気象予報士の資格も持つ。子ども向けや一般向けにわかりやすく科学を解説する書籍や記事を多数執筆。著書に『気象の図鑑』(共著、技術評論社)、『異常気象と温暖化がわかる』(技術評論社)がある。科学記事だけでなく、育児、教育、女性の生き方・働き方などのジャンルでも執筆。お天気教室や防災講座の講師も務める。