2019年7月24日から26日まで奈良市で開催された第38回日本医用画像工学会のレポートです。
2019年7月24日から26日まで奈良市で開催された第38回日本医用画像工学会で24日、チュートリアル講演会「Beyond Deep Learning」が開催され、東京大学医学部附属病院放射線科 特任講師の花岡昇平氏が「医師が取り組んだ深層学習:臨床からスパコンまで」と題して講演した。
花岡氏は東京大学医学部卒業後、放射線科医となったが、医学博士を取得後、東大病院で助教として働きながら東京農工大学で社会人学生として医用画像工学を学び工学博士を取得。今は東大病院で週に2日放射線科読影業務に携わるほか研究とマネジメントを行っている。
花岡氏は放射線診断医で医用画像工学者である立場から、深層学習(ディープラーニング)の衝撃を自身の経験を交えて紹介した。花岡氏は、医用画像から動脈瘤を検出するために深層学習は使わず、「手作り」で画像から動脈瘤の特徴量を抽出できるように工夫を凝らしてモデルを作成した。一方で、同じ症例について、放射線科医の大学院生は深層学習を使ってあっさりと動脈瘤検出ができるようになったという。このエピソードを紹介した上で、花岡氏は「深層学習の何が怖いかというと、これまで熟練者が頭をひねって作り出してきた方法が、医師で学生にあっさり抜かれたということ。医用画像工学者の飯のタネのひとつが今まさに、失われたということだ」と述べた。
医用画像工学者だけでなく、放射線診断医にも深層学習は大きな影響を与える。放射線科の診断医の仕事の半分は病変を見つける異常検知だが、これは深層学習が得意とすることだ。深層学習モデルの開発者として著名なジェフリー・ヒントン氏は「放射線科医(診断医)の育成をすぐにやめるべきだ」と言う。また、放射線科診断医を志望していた研修医から「放射線科に行くのをやめた。60歳まで職業として残っていそうにないから」という言葉を聞いたと花岡氏。
花岡氏自身の予想としては、数年後から10年後には深層学習が放射線科医以上の精度で異常検知ができるようになるが、それとほぼ同時に医用画像がコモディティ化していくとした。例えば、救急車にCT装置と異常検知をするAIが搭載され、病院に搬送されるまでに検査と診断が終了しているといった用途も想定されるだろう。
こうした中で、放射線科医はいらないのでは?という声もあるが、一方で放射線科の学会などでは「AIは放射線科医を置き換えるのではなく、拡張するもの。AIと放射線科医は協働し、AIが放射線科医の能力をブーストする。一方で、AIを使いこなせない放射線科医は駆逐される」という意見が大勢という。
国内の放射線科診断医でも、自ら深層学習に取り組む医師も増えてきた。これらの医師に聞くと、課題は共通して深層学習そのものではなく、データの準備や前処理に苦労しているという。こうした中、工学系研究者の支援は必要なのか?と花岡氏は提起した。
工学系研究者は、論文を書くために新しい工学的手法の導入が研究の第一目的となる。そのためこれまで医用工学の世界では、医学の現場での実装に向けた医学的な有用性が、必ずしも求められてこなかったし、それがはがゆかったと花岡氏。ところが、深層学習が広く使えるようになった現在では、工学者だけでなく医師ら医療者でもデータを作り、深層学習を扱えるようになった。
こうした中で、これまで機械学習などの手法中心だった医用画像工学の世界が、データ中心になりつつあると花岡氏は指摘。深層学習では大量のデータが必要となるため、GAFAなどの巨大IT企業が医療データでも大量に収集するのに、研究者では太刀打ちができない。前提としてアカデミックがもはや強いとは言えない現状だが、研究室で蓄積してきた集合知や科学的研究手法は強みだと花岡氏は強調した。また、現状、医師の集合知や知恵と、深層学習が扱えるデータの間にはまだまだ溝がある。工学者はそこをつなぎ医師と協働してほしいとした。
最後に花岡氏は、前出のヒントン氏の言葉を解釈して、「フロントをキャッチアップする一番簡単な方法はそのフロントにかかわること。まさに今、変わっていくそのフロントにいることだ。医用画像処理は10年で終わるかもしれないと思っているが、その終焉をフロントでまじかに見届けられる人間はそう多くない。自分はそのひとりになりたい」とまとめた。
長倉克枝 m3.com編集部