2020年2月26日から28日にかけてインテックス大阪で開催された「第5回 医療IT EXPO」で27日、自治医科大学付属さいたま医療センター救命救急センター長・救急科教授の守谷俊氏が「全国初!AIを用いた救急電話相談(埼玉県AI救急相談)の現状と未来展望」と題して講演を行った。埼玉県では、2019年7月から人工知能(AI)チャットボットによる「AI救急相談」を導入している。講演では、AI救急相談の開発から導入後の相談実績、今後の展望について報告が行われた。
急な病気やけがの際に、家庭での対処方法や医療機関への受診の必要性について、看護師が電話で相談に応じる救急相談。埼玉県では2007年から小児向け電話救急相談を開始、2014年の大人向け救急相談開始を経て、2017年10月から24時間365日の電話救急相談を開始しているが、医療人材の業務負荷が大きな問題となっていた。
埼玉県は人口10万人に対しての医師数・看護師数ともに全国ワースト1位(平成24年・厚労省の調査)と慢性的に医療人材が不足しており、相談員の大幅な増員も難しい状態だったという。そこで、電話で受け付けていた救急相談をチャットボットで受け付け、AIを活用して、相談者の緊急度を自動で判定する「AI救急相談」を新たに開発することにした。
AI救急相談は、診察や服薬指導などの医療行為を行うものではなく、対象者がいつ医療機関を受診したらよいか等に関する緊急度判断の参考としてAIがアドバイスを行うサービスである。
相談者と自動で会話を行うチャットボットによる救急相談は、医療人材の業務負荷軽減だけではなく、「同時に多くの相談に対応することができる」「電話が苦手な人でも気軽に相談できる」「耳の不自由な方など電話ができない人も相談できる」など、市民にとってもメリットがあると考えられている。
埼玉県が開発したAI救急相談では、相談者からチャットで症状を入力してもらい、入力されたキーワード等から症状を分類、「今すぐ救急車を呼びましょう」から「現時点では医療機関に行く必要は無いでしょう」までの5段階で緊急度を判定する。
これは看護師が電話相談で行っていた従来の判定と同じものだ。救急相談のうち、「救急車を利用」「直ちに医療機関の受診が必要」と判定される相談は全体の20%程度と言われており、この判断をAIで的確に行うことができれば、相談窓口だけでなく、患者を受け入れる医療機関の負荷も軽減することができる。
また、緊急の医療機関の受診が必要無いと判定された場合でも、症状に応じて「首筋や腋(わき)の下、足の付け根などを、タオルを巻いた保冷剤等で冷やす」など、自宅でもできる処置のアドバイスを行う機能もついているという。
埼玉県の救急相談では、消防庁が公開している「緊急度判定プロトコルver.2」と厚労省が公開している「小児プロトコル」を参考に、大人は79、子供は38の症状別テーブルに分類を行い、相談者の緊急度や受診先を判断していた。
今回開発したAI救急相談では、県の既存の症状別テーブルをベースにしつつ、チャットでは切り分けが難しい「排尿時痛」と「多尿・頻尿」を同一の症状として扱うなどの調整を行うことで、AIが緊急度の判断を的確に行えるようカスタマイズしている。
症状別テーブルのカスタマイズについては、現時点でAIが行うことは難しいため、消防庁・厚労省のマニュアルをベースに、相談員へのヒアリングや医師による監修などを行い、相談員の知識や経験をデータとして落とし込む形を取っている。
AIが緊急度の判定を行うためには、相談者の書き込んだ内容を正しく理解して症状別テーブルに当てはめていく必要がある。
例えば、相談者が「腹痛と下痢の症状だが、吐き気はない。」と書き込んだとする。この書き込みに対して、まずは名詞・助詞など形態素と呼ばれる要素への分割を行う。先ほどの相談内容の場合は、「腹痛/と/下痢/の/症状/だ/が/、/吐き気/は/ない/。」といった形に分割される。
相談内容を形態素に分割した後、「腹痛」「下痢」「吐き気」など症状の判定に有用な単語を抜き出し、症状別テーブルとの突き合わせに使用する。ここで問題となるのは、日本語には同義語が複数あるということだ。例えば、お腹が痛い・下腹部が痛い・横っ腹が痛い・脇腹が痛いなどの文章は全て腹痛と同等と捉えてその後の判定を行うべきである。
加えて、文章の構造レベルでの解析も必要となる。「腹痛と下痢の症状だが、吐き気はない。」と相談者が書き込んでいる場合には、吐き気という単語を腹痛や下痢と同じように症状として捉えてしまうと、正確な判定ができなくなってしまうためである。
上記のように、AIによる日本語解析には様々な難しさがあるため、埼玉県のAI救急相談では実際の運用を開始する前に小規模のトライアルを行い、「大人では350のキーワード、子供では150のキーワードについて検証を行い、AIの判定基準や症状別テーブルの調整を行う必要があった」と守谷氏は報告している。
講演の最後には、AI救急相談の今後の展望について話があった。
守谷氏がまず言及したのはAIによる緊急度判定の妥当性の検証だ。救急車を呼ぶべきと判定した相談についてその後医師がどんな判断を下したのか、あるいは医療機関の受診不要と判定した相談者はその後本当に問題が無かったかについて、追跡調査を行う必要があると説明があった。
また、使い勝手の向上についても言及があった。今回開発したAI救急相談には、チャット相談の途中から電話相談に切り替える機能が実装されている。チャットから電話に切り替えられた相談内容を詳しく見ていくことで、AI救急相談の使い勝手の向上やチャットでの相談に適さない症状の切り分けに活用できると守谷氏は述べた。
さらに、救急相談以外のメリットも考えられるという。一例を挙げると、「風邪や発熱の相談が増えてきた→インフルエンザが流行し始めている」と予測を行い、医療機関への情報提供を行うといった使い方である。また、専門知識を持つ医療人材の時間を使うことなく救急相談の流れを体験することができるため、一般市民や医療多職種への教育にも転用できる可能性があるとの報告も講演内で行われた。
守谷氏は、埼玉県の自施設における救命救急センターにおいて「ある年は1年で救急車の出動が9000件以上、一番多い日には55件の搬送があった。このままでは埼玉県の救急医療が破綻してしまう」という強い危機感があり、多忙な日々の中でAI救急相談の開発・導入を進めるモチベーションになったという。
2019年7月19日から運用を開始したAI救急相談は、12月31日までの約5か月間で1万1523件、1日あたり71.1件の相談を受け付けている。守谷氏は、「市民にとっての利便性向上と、適正受診の推進による医療機関の負荷軽減に向けて、AI救急相談はその一役を担う可能性がある」と述べて講演を締めくくった。
山田光利 IPTech特許業務法人/テックライター
神戸を拠点にデジタルヘルス領域の取材や知財活動支援を実施。AI医療機器や医療系サービス・アプリの活用事例や今後の動向を中心に執筆予定。中国ITや国内外のスタートアップの動向を継続的に取材しており、2020年2月からオンラインで「中国医療スタートアップをわいわい調べる会」を主宰している。
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