2019年7月19日から20日まで名古屋市で開催された第21回日本医療マネジメント学会学術総会の開催レポートです。
日本医療マネジメント学会は7月19日と20日に学術総会を開催し、20日のシンポジウム12では「危機管理スマート医療機器が医療安全・業務効率を変えるか」をテーマに4人による講演と総合討論があった。ロボット技術などを活用して病院内の様々な業務効率を進めた事例が紹介された。前半と後半に分けてシンポジウムの概要を紹介する。
最初に登壇した福井大学の重見研司氏は、「ロボット麻酔システムによる麻酔薬投与は医療安全・業務効率を変えるか」と題して福井大で導入したロボット麻酔システムの実例について話した。日本光電、国立国際医療センターとの共同研究で開発したシステムで、麻酔科医やナースに代わりパソコンでシリンジポンプを調整して自動で麻酔薬を投与する。
全身麻酔を使う手術中、麻酔科医は患者のバイタルサインを見ながら痛みを推測し、麻酔薬が過剰投与にならないように最後は試行錯誤しながら量を調整しているという。患者ごとの個人差や病気による違い、外科医の手技など、様々なことに注意を払う必要がある。自動投与システムであれば、麻酔科医による細かい調整が不要になり、ヒューマンエラーをなくし、薬の使いすぎ防止で医療経済上も利点があるという。新システムを活用すれば、全世界でどこでも一定の質の麻酔が受けられるようになる可能性があるとした。
開発したシステムではまず、鎮静剤について患者の脳波をもとにパソコンのソフトウェアが個々の患者に合わせてdose response curveを予測し、痛みがなくなるように量を調整する。この鎮静剤の量に合わせてバランスを計算し、鎮痛剤の投与量を決める。また、筋弛緩モニターを使って筋弛緩剤の投与量を決める。こうして3つの薬の量をソフトウェアが判断して、3つのシリンジのポンプを制御するというフィードバックシステムだという。同じようなシステムの開発は海外でも進められているが、フィードバックによる制御ではなく工学的に患者の体を制御しようとしているという違いがあり、ノイズなどの影響があってうまくいっていないという。
3年間の使用でヒューマンエラーがなく、安定した動作を確認できており、医師は人間にしかできない作業に専念できているという。これから治験を始める段階で、2020年度の終わりの薬事申請を目指すとしている。
続いて登壇した福岡山王病院循環器センターの横井宏佳氏は「Robot PCIがカテ室業務をどう変えるか?」と題して講演した。海外のCorindus Vascular Robotics社が開発した冠動脈インターベンション(PCI)のためのシステムは米国では5年前ぐらいから臨床利用されており、2018年6月には国内でも薬事承認され、2019年4月から臨床使用されるようになった。PCIでは術者が放射線に曝されてしまうことが大きな問題になっていて、同病院で実際にシステムを使ってみたところ術者が離れた位置でロボットを操作できるため、働く環境を大幅に改善できたとした。
42年前から実施されるようになったPCIはバルーンからステントへと治療機器も進化し、国内では年間25万件、米国では80万件、中国でも77万件と世界各国で実施されている治療法だ。ただ、カテーテル室(カテ室)内には放射線があり、医師や看護師、検査技師などは被曝してしまうという状況は長年変わらないままだという。実際に米国で収集されたデータによると、インターベンションを実施する医師は白内障や認知症になりやすく、一般の人と比べて左側に脳腫瘍が有意にできやすい。重たい防護服を着る影響で腰を痛める医師も多く、女性の医師の場合は途中でキャリアを諦めざるを得ない。また、術者によって処置の熟練の度合いが異なるという点もある。こうした状況を変えるために、ロボットPCIの導入を決めたという。
医師は放射線から離れたインターベンションコックピットの中で座ってガイドワイヤーやガイドカテーテル、バルーンステントを遠隔操作する。また、大画面で患部を見られるため、病変の大きさに合わせて正確なステントを位置ずれなく置けるという。米国では放射線被曝が95%低減したというデータもあり、造影剤の使用量の減少や手術時間の削減もできている。横井氏らがシステムを使ったところ、複雑な手技ではロボットの方が時間がかかるという慣れの問題があるが、臨床的な成功や長期の予後については従来と比べて差がないという。それでもスタッフの被曝量が大きく減ることや造影剤の使用量などの患者側のメリットもあるため、冠動脈以外に脳や⾜の⾎管への適応拡⼤やシステムの改良で人間の医師よりも高い成功率が達成できるようになれば、導入が広まると予測した。そして導入による費用対効果が今後の議論になるとした。
鴻知佳子 ライター
大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。