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AI・デジタル技術で変わる医療 オノマトペや市民発のデータも活用へ

2019年8月14日(水)

2019年7月19日から20日まで名古屋市で開催された第21回日本医療マネジメント学会学術総会の開催レポートです。

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日本医療マネジメント学会は7月19日と20日に学術総会を開催し、20日のシンポジウム「医療におけるAI利活用の現状と将来」では、AI(人工知能)を医療分野で活用する際の可能性と限界について、演者4人がそれぞれの事例を紹介した。以下に各講演の概要を紹介する。

オノマトペ活用AIで認知症早期発見へ

最初に登壇した電気通信大学大学院の坂本真樹氏は、「AIが医療でできることと難しいこと」をテーマに話した。科研費の支援を受けている研究で、オノマトペを使った患者の主観的な訴えに基づく診断推論について紹介した。患者の主観的な訴えに基づく診断は難しいが、「チクン」や「キリキリ」、「ぎゅーん」というような痛みを表すオノマトペには、痛みの鋭さや場所の深さなどが表現されている。そこで、患者が使った表現を入力すると自然言語処理の技術で痛みを数値化するシステムの開発を進めているという。頭痛でもハンマーで殴られたような痛みはクモ膜下出血である可能性があることなどが知られており、症状の原因の推測を、AIを使って手助けできるシステムを目指している。

また、オノマトペを活用するAIは、認知症の早期発見にも役立つ可能性もあるとした。「サラサラ」や「ザラザラ」など、画像の中の質感をどう表現するか、認知症の患者とそうではない人で比較すると、正解は1つではないものの、認知症ではない人は正解の範囲があるという。認知症の疑いがある高齢者が使う表現をこの範囲と比較することで、早期発見に利用することを目指す。

AIにはこうした可能性がある一方で、AIを学習させるための大量のデータが必要になることが多く、データ収集が一つの障害になるという。画像診断の場合は大量の画像が必要だが、最近は1枚の画像を加工してデータを作り出す水増しもできるようになっているため、データ収集の負担が軽減されてきている。坂本氏が取り組むような口語の表現は人によって様々なため、数万というレベルでデータが必要になり、患者の主観的なデータをどう収集して扱っていくかはまだ課題が多いとした。

「AIが放射線科医を超えるので放射線科医のトレーニングは不要」

2番目に講演した岐阜大学の藤田広志氏は、「AI(人工知能)による医用画像支援診断」と題して、AI研究の歴史を振り返りながら、画像診断の分野でAIが今後どのように活用されるようになるかについて話した。コンピューターが誕生した1960年ぐらいから「自動認識」や「自動診断」の研究が始められ、1980年代には「診断支援」という発想に切り替わり、1988年には世界初のCADによる診断支援をするマンモグラフィー装置がFDAの認可を受けた。現在は3度目のAIブームで、2016年の国際会議では、AIの権威の加トロント大学のヒントン氏が5年以内にAIが放射線科医を超えるため、放射線科医のトレーニングは不要と言ったという。その影響か、米国では放射線科医を目指す医学生が減っていて、日本でも同じような傾向が見られる。ただ、オープンソースやクラウドベースのプログラムなどを医師でも開発できる時代になっているが、やはりデータ収集が大変な作業として残っているという。

データを所有しているところが研究開発を進めやすく、人間の医師よりも高い性能を発揮するAIも登場しているという。28万枚のデータで学習したAIを使い、グーグルは眼底画像から全身の疾患を推定するシステムを開発した。肺がん検診のAIも、4万5000枚のCTの学習を経て開発されているという。今後はAIを使った診断支援から一部自動診断へと向かうのではないかと藤田氏は見ているという。例えばトリアージ的なAIや、検診向けに要注意な画像を拾い出すファーストリーダー型のタイプ、クラウドの中でAIが1スキャン1ドルで見ていく仕組みなど、多様で低コストなシステムの開発が進められている。事後学習が可能になれば、大病院で開発したシステムをその後小さな病院向けに調整することもできるようになる。

こうして加速的に研究開発が進められている中、日本のデータベース構築が遅れていて、しかも企業が利用できない課題があることに藤田氏は危機感を示した。そして今後は大規模なシステムを導入するのではなく、シームレスにバックグラウンドで動く低コストなシステムになり、使い勝手もよくなっていくという。AIが医師の職を奪うかどうかではなく、AIをうまく使いこなせる医師こそが重要な時代になっていくとした。

医療ではAIで生産性向上が必須

続いて3番目には、シーメンスヘルスケア株式会社の石川信能氏が「デジタル化・AI技術が促す医療業界の意識と行動変革」と題して講演した。メーカー側の立場から話し、現在の研究開発とAI技術が病院経営にどのような影響を与えるかの見通しを示した。人口減少と高齢化が進む日本では、今後65歳以上の患者層は増えるものの、15~64歳の生産人口は減るため、現状でもすでに他の産業と比べて生産性の改善が見られない医療福祉分野ではAIを含めたIT技術で生産性向上が必須だとした。

同社では、CT装置にAI画像認識技術を組み込み、指定された患者の身体の部分を自動撮影できる仕組みを昨年から実用化しているという。画像診断に入る前の撮影の段階から作業の効率化が可能になり、特に救急現場でなるべく早く患者の体を動かさずに撮像したい場合などに役立つため、今後1~3年で普及していく可能性があるとした。また、他にもMRI画像の中から腫瘍を検出して時系列に沿って体積の変化を算出できるシステムや、画像診断レポートを自動作成するAI、患者の電子カルテや画像データ、検体、遺伝情報などを診療ガイドラインと照らし合わせて個々の患者のクリニカルパスを予測するAI、撮像画像から「デジタルツイン」と呼ぶデジタルの臓器モデルを作成し、症状の進行予測や術前シミュレーションを可能にする手術支援システムなど、開発事例を紹介した。

デジタル化やAIの技術の進化でヘルスケアITの技術もさらに加速して進化していくという。新技術によって、医療インフラもハードを買って所有する形から、クラウドの利用頻度によって支払う時代になっていくとの見通しを示した。新しい技術を導入する速さ、意思決定の速さが病院の競争力を左右するようになるとし、まずは技術を試すことも大事ではないかと提言した。

会場からは、医療現場の生産性は収益性が指標になっているため、診療報酬が上がれば改善するのではないかという質問があった。これに対して石川氏は、デジタル化やAIによって読影など、個々の作業の時間を短縮できるようになるため、一人の医師ができる作業量を増やしたり、病院のリソースをより収益性が高い分野に注力できるようになるため、技術を活用することで生産性が上げられるとした。

認知症ケアにAIを

最後に登壇した静岡大学の竹林洋一氏は「人間中心のAI /IoTの利活用によるみんなの認知症情報学」と題して講演した。竹林氏は50年以上にわたってコンピューターやAIについて研究開発を続けており、米マサチューセッツ工科大学で「人工知能の父」マービン・ミンスキー氏のもとで研究していたこともあるという。こうした長年の経験を踏まえて、分野の垣根を越えて認知症に向き合う「みんなの認知症情報学」という自身が提唱している新領域について話した。2018年には「みんなの認知症情報学会」も設立している。

認知症というのは病名ではなく、正常に発達した知能が低下して日常生活に支障が出るようになった状態で、様々な原因があるため、診断という考え方では対処が難しいとした。ただ、医療と介護の現場はどうしてもこれまでの手法を続ける傾向にあり、エビデンスも取りにくい。誰もが年を取れば認知症になり、そしてこれまでの研究からAIが人の心的状態を記述するのに適していることが分かっているという。一般市民も巻き込んで患者の身体や周囲の環境など、ありとあらゆるデータを集め、AIに学習させれば、目の前の患者がどのような状態か見立てて適切なケアを実施できるようになるとし、これが「みんなの認知症情報学」の取り組みだという。こうした取り組みは海外にもなく、今後も一般市民の協力を得ながら研究開発を進めていきたいとした。

鴻知佳子

鴻知佳子 ライター

大学で人類学、大学院で脳科学を学んだ後、新聞社に就職。バイオを中心とする科学技術の関連分野を主に取材する。約10年の勤務後に退社。ずっと興味があった現代アートについて留学して学び、現在はアートと科学技術の両方を堪能する方法を模索中。