1. m3.com
  2. AI Lab
  3. ニュース
  4. 保険適用の人工関節置換術のロボット手術支援「埋め込み精度よく」

AI Lab プロジェクト医療×AIの発展にご協力いただける方を募集しています

保険適用の人工関節置換術のロボット手術支援「埋め込み精度よく」

2019年8月16日(金)

グローバル医療機器メーカー・ストライカーコーポレーションの日本法人である日本ストライカー株式会社は2019年8月6日、ロボティックアーム手術支援システム「Mako(メイコー)システム」について解説するメディアセミナーを開催し、「Mako」を導入している神戸海星病院の柴沼均氏が実演を交えて解説を行った。

「Mako」は、整形外科領域において日本で初めて承認されたロボティックアーム手術支援システムで、人工関節置換術を術前計画通りに手術を行うことができる。最小構成はロボティックアーム、カメラモジュール、ガイダンスモジュールからなる。

P1910023

Makoシステムの構成

2017年10月に人工股関節全置換術で、2019年4月に人工膝関節全置換術で薬事承認を取得した。そして2019年6月1日付で人工股関節全置換術へ、同7月1日付で人工膝関節全置換術への保険適用を取得した。以後、日本ストライカーは本格的に「Mako」の販売を開始している。Makoによる手術は、人工関節の設置精度の向上1 、術後の脱臼率の低減2などのメリットが期待できるという。

人工関節置換術の対象となる症例数は年間13万例程度

P1910016

日本ストライカー 代表取締役社長 佐伯広幸氏

日本ストライカー 代表取締役社長の佐伯広幸氏は、創業者ホーマー・H・ストライカーの経歴や同社のミッションを紹介「患者により良い医療を提供しようとした結果、イノベーションを生み出し続けているのが我々だ」と述べ、同社の4つのビジネス領域—-整形外科、メディカル・手術用機器、ニューロテクノロジー、エマージェンシーケアについて語った。人工関節置換術の対象となる症例数は年間13万例程度あると考えられており、世界では「Mako」を用いた手術件数は、2018年までの累計で約20万例(股関節全置換術が約5万例、膝関節全置換術が約6万例)となっているという。

また、医師に対する教育と研修に力を入れるために、Cadvaerを使用した海外トレーニングによる医師の認定制度、全9週間のプログラムによる「Mako Product Specialist(MPS)」の育成、そしてアフターサービスによるサポート体制を整えていくと述べた。

「Mako」の日本での販売台数は非公表。価格もシステム構成によって「病院のニーズによって様々なバリエーションがある。一概には答えられない」とのことで開示されなかった。

P1910209

ロボティックアーム、カメラモジュール、ガイダンスモジュールの3つのセットが最小構成。カメラモジュールとアーム本体との設置距離はこのくらいが推奨とのこと

人よりも正確なアシストで「神の手はいらない、ロボットがあればなんとかなる」

P1910028

神戸海星病院 整形外科 リウマチ・人工関節センター副院長 柴沼均氏

神戸海星病院 整形外科 リウマチ・人工関節センター副院長の柴沼均氏は、「『Mako』とは 臨床の視点から」と題して講演した。神戸海星病院では2018年8月から1年にわたって人工股関節の手術にMakoを使用している。症例数は100例余りとのこと。

P1910062

実際の手術の様子

日本の高齢化率は2025年ごろには3割に迫る。平均寿命と健康寿命の差は、日常生活に制限のある期間を意味するが、介護が必要になった原因を見ると、10.9%が関節疾患であるとされている。柴沼氏は「関節疾患に関しては介入が可能。全体の2割くらいは何らかのかたちで改善ができる」と述べた。

そして「人工関節の目的は、疼痛の軽減、機能の再建、変形の矯正による患者のQOL・ADLの改善・回復だ」と語り、実際の患者の様子を示した。人工関節に置換したがゆるんでしまっていた94歳の患者で、術後2カ月後には元気に歩けるようになり、少なくとも102歳までは元気に歩行ができていたという。

手術ロボット「Mako」は、あくまで手術支援システムで、実際に動かすのは医師である。ロボットはアシストをするだけだ。手術前に患者個々においてCTを使って3次元モデルを作成し、インプラントを入れるための術前計画を立て、ロボティックアームが補助しながら手術を行う。術前計画についてはCT画像を外部(ストライカー社)に送り、プランを立ててもらい、それを修正する。通常は30分から1時間かかるプラン作りに現場の医師が時間をかける必要がなく、最終的なチェックと微調整だけで済むという。

P1910056

軟部組織の侵襲が少なく手術精度を向上させることができる

ロボットを使うことで、骨盤への人工股関節のインプラント埋め込みの精度が非常に高くなる。人工股関節の手術においては、まず人工股関節を埋め込むために骨を削る必要がある。だが、この角度を決めるのは経験があっても難しい。ロボットはこれを補助する。ロボットによる補助によって、人間の医師が手術するよりも適切な角度での置換が、より確実に行えるという。従来も、コンピューターを使ったナビゲーションシステムはあるが、ロボットを使うと、さらにピンポイントでの置換ができる。

P1910061

骨盤リーミングの精度がより精密に

P1910079

従来のナビゲーションを使ったマニュアル手術(左)とMako使用(右)の違い

患者の身体にはマーカーとなるピンを打ち込んでおり、赤外線カメラを使って検出する。手術を開始する前には骨を切るボーンソーと、切る部分の表面に赤外線マーカー付きのピンを立ててキャリブレーションを行う。術中に患者の体位が動いてもロボットは追従する。

P1910136

最初にキャリブレーションを行う

医師はモニター画面で削るべき部分をチェックしながら作業を進める。インプラントの打ち込みにおいてもロボットが補助してくれる。「ハンドルを支えてくれる感覚」だという。骨は硬いところと柔らかいところがあり、どうしてもやりすぎて突出したり割ってしまったりすることがあるが、ロボットが補助することで事故が大幅に減る。「ロボットが導入されてから、そのような心配が全くなくなった」と語った。

P1910069

人工膝関節手術での神経・血管損傷リスクを低減

神戸海星病院ではこれまで股関節の手術に「Mako」を用いており、人工膝関節手術に対してはまだ適用していないが、柴沼氏は「非常に期待している」と述べた。膝関節全置換術においては膝の後ろの神経・血管を損傷するリスクがあるためだ。現在は手の感触でどの程度切っているかを判断しており、この手技を教えるのは非常に難しいという。ロボットは行き過ぎを防ぐことができるため、血管損傷のリスクを大幅に減らすことができる。また手術時間も短縮できるし、角度のズレもより抑えられるという。

P1910203

実演の様子

マニュアル手術と比較すると、Makoのほうが患者にとっても痛みが少なく、回復が早いことが実際に数字で示されている。靭帯など軟組織への侵襲が少なく、正確な人工関節の設置ができるため、結果としてインプラント設置異常での脱臼などのリスクが減る。

P1910084

Makoを使ったほうが患者の疼痛が減らせる

また「『あと何ミリ、あと何度』の感覚が客観的に数値化される」ため、教育的な意義も大きいという。柴沼氏は「『神の手』はいらない。ロボットがあればなんとかなる」と述べ、「一度使い始めると手でやるには戻れない。絶対に機械でやったほうがうまくいく。技術を使って正確な手術を丁寧にやってもらうことが重要」と強調した。

P1910088

医療従事者から見たMako

P1910089

患者の視点から見たロボット手術

森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。