9月27〜29日に東京で開催された国際製薬医学会(ICPM)において、「医薬品開発におけるビッグデータ:事実と信念」と題するワークショップが開催された。情報通信技術(ICT)の発展によって、医療技術や医薬品の開発には、ビッグデータ、人工知能(AI)の活用がますます重要となってくる。その可能性について、4人の講演者が登壇した。(後編はこちら[糖尿病患者の病状を10年スパンで予測])
高度な個人情報が含まれる医療情報を適切に取り扱うには、法整備による基盤づくりが不可欠だ。日本では2018年5月に「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律(次世代医療基盤法)」が施行され、デジタルデータを活用した次世代の医療研究、医療システム、医療行政の実現を推進している。まず、内閣官房 健康・医療戦略室企画官の佐々木正大氏が、施行されたばかりの次世代医療基盤法の概要について説明した。
この法律では、次世代医療ICT基盤の確立と、その周知、啓発を目的にしている。法律に基づいた標準化された医療データを収集、活用する全国的なシステムを確立し、様々な種類の医療情報を包括的に活用することで、医薬品開発の新基準がつくられたり、副作用や有害事象などがすばやく見つかったりするなど、医療の向上、医療行政の発展、新しいヘルスケアサービスの育成による経済成長などが期待されている。
佐々木氏は、次世代医療ICT基盤の構築と運用の鍵を握るのが人材育成だと語る。高度な情報化が進むことで、専門的な知識がないまま複雑な情報を取り扱うと、情報を読み間違う恐れが出てくるためだ。そのようなことが起こらないためにも、人的リソースのトレーニングが重要になってくると述べ、講演を締めくくった。
続いての登壇者は、医薬品や医療機器の研究開発をサポートする一般社団法人DIA(Drug Information Association)のフェローを務めるナンシー・ドレイヤー氏。彼女は「医薬品開発とよりよいヘルスケアのためのリアル・ワールド・データの利用について」と題して、大量の臨床医療データを取得することで開ける可能性について語った。
抗PD-L1抗体薬「アベルマブ(バベンチオ®)」は、悪性度の高い皮膚がんの一種であるメルケル細胞がん(MCC)の治療薬。2017年3月、アベルマブはアメリカ食品医薬品局(FDA)によって転移性MCCの初の治療薬として迅速承認され、その後、ヨーロッパ、日本でも承認された。この迅速承認の背景には、臨床現場から得られたリアル・ワールド・データが生かされているという。
リアル・ワールド・データとは、匿名化された患者単位のデータのこと。アベルマブの例では、転移性MMC患者88例を対象としたJAVELIN Merkel 200試験のデータが利用された。MMCは患者数が少ない希少性の高い病気であり、無作為化比較試験(RCT)などの手法が使えない。そこで、各々の患者を追跡し、データを収集することで、有効性、安全性を確認し、それぞれの国や地域で治療薬としての承認を得た。
ナンシー氏は、「今後、リアル・ワールド・データに基づく新薬の承認は増加することだろう」と語る。ただし、リアル・ワールド・データを活用するには、それぞれの因子が何を測定しているのかをわかっていないといけない。系統的なエラーやバイアスなどに注意を払い、新薬承認のための合意形成を図るしくみが必要となる。