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新型コロナ診断にAI活用、PCR検査遅れが後押し

2020年5月4日(月)

新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対応するために人工知能(AI)への注目が高まっている。胸部X線画像による診断はPCR検査に比べ正確さに劣るが、AIによって作業を自動化すれば患者数の爆発的増加に対応できることから、トリアージにおける代替ソリューションになる可能性がある。


英国国民健康サービス(NHS)が運営するロイヤル・ボルトン(Royal Bolton)病院のリズワン・マリク主任放射線科医は、前々から人工知能(AI)に関心を持っていた。AIを使えば自分の仕事がもっと楽になる可能性があると思ったのだ。マリク医師の勤めている病院では、患者は専門家によるX線画像診断を6時間以上待たなければならないこともしばしばだった。AIベースのツールによる第一見解を緊急治療室の医師が得ることができれば、待ち時間を劇的に短くできるかもしれない。専門家は後で、より詳細な診断をしてAIシステムの見解をフォローアップすればよい。

2019年9月に、マリク医師はAIの可能性を示す保守的な臨床試験の計画作成に着手した。ムンバイを拠点とする企業、キュアAI(Qure.ai)が開発したAIベースの胸部X線画像システム「qXR」に目星を付け、6カ月にわたって試験することを提案したのだ。試験期間中は、マリク医師の研修医が扱うすべての胸部X線画像について、qXRがセカンド・オピニオンを提供する。その意見がマリク医師の意見と常に一致するようであれば、研修医による診断のダブルチェック用にこのシステムを恒久的に少しずつ導入する。複数の病院とNHSの委員会およびフォーラムによる4カ月にわたる審査の後、マリク医師の提案はついに承認された。

だが、臨床試験を開始する前に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威が英国を襲った。特別な関心として始めたものが、突如として天啓のように思えた。初期の研究により、最も重い新型コロナウイルス感染症の患者の胸部X線画像には、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)性の肺炎に起因する明確な肺の異常が見られることは分かっていた。そして、PCR検査の不足と遅れが相まって、胸部X線画像による診断は、医師が患者をトリアージするための速くて安価な方法の1つとなっていた。

数週間のうちにキュアAIは新型コロナウイルス感染症による肺炎を検知するようにqXRを改造した。マリク医師は新たな臨床試験を提案し、単に人による診断をqXRにダブルチェックさせるのではなく、第一診断をさせようにした。通常であれば、ツールと臨床試験の両方を改訂したことでまったく別の承認プロセスが新たに始まったはずだ。だが、数カ月の時間を割く余裕はないため、病院は修正された提案にすぐさまゴーサインを出した。「医学部長から『いいかい、もし君がいいと思うなら、どんどんやるんだ』というようなことを言われました」とマリク医師は回想する。「『その他諸々については、事が終わった後に私たちが対処する』とも」。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な流行)に対応するため、AIに注目している医療施設は世界中で増え続けている。ロイヤル・ボルトン病院もその1つだ。AIに注目する施設の多くはスタッフ不足と圧倒的な患者数に追い詰められている。並行して、多くのAI企業が、今回の危機の後も続くであろう新たな顧客関係を築くことで利益を得ることを期待して、新たなソフトウェアを開発したり既存のツールを改良したりしている。

つまり、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは医療へのAI採用の玄関口と化しており、チャンスとリスクの両方をもたらしている。一方では、医師と病院に有望な新テクノロジーを急速に進めるよう後押ししている。しかし一方では、プロセスが加速され、吟味不足のツールが規制プロセスをかいくぐって使われるようになれば、患者を危険にさらすことになりかねない。

「ざっくり言うと、医療へのAI採用には非常に心躍るものがあります」とカリフォルニア大学サンディエゴ校保健学科のクリス・ロングハーストCIO(最高情報責任者)は言う。「ですが、医療には関与する要因が数多くあります。システムにおける1つの変更が意図しない致命的な結果をもたらす可能性があります」。

「とても魅力的なソリューションです」

今回のパンデミック以前から、医療AIはすでに急成長している研究分野だった。特に深層学習は、乳がん肺がん緑内障といった病気を特定するための医療画像分析で、人間の専門医と少なくとも同等の正確性という見事な結果を実証していた。またいくつかの研究は、コンピュータービジョンを使って、自宅にいる高齢者集中治療室内の患者を監視する可能性も示している。

しかし、研究を現実世界のアプリケーションに変えるには非常に大きな障害が存在する。プライバシーへの懸念によって、アルゴリズムを訓練するのに十分なデータを集めることは難しい。さらに、バイアス(偏向)や一般化の可能性に関する問題により、規制当局は承認を与えることに慎重になる。承認されたアプリケーションであっても、病院には当然のことながら独自の厳しい手続きと確立された慣習がある。「医師は、他のすべての人々と同様に、習慣の生き物です」とカリフォルニア大学サンディエゴ校保健学科の放射線科医、アルバート・シャオは言う。シャオ医師は胸部X線画像に基づく独自の新型コロナウイルス感染症検知アルゴリズムを現在、試験している。「私たちは変化を強いられないかぎり、変わらないのです」(シャオ医師)。

結果として、AIは定着するのに時間がかかっている。著名なAI専門家であるアンドリュー・エンは医学へのAI応用について、「大いに有望であることを示す多くの論文が存在するのに、何かひっかかりがあるように感じられます」と最近のオンライン・セミナーで語った。「期待しているほどには、まだ広く展開されていません」(同)。



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キュアAIのqXRシステムが胸部X線画像で肺の異常を特定し、新型コロナウイルス感染症のリスク評価の論理的根拠を説明する。

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フランスを拠点とする内科医で放射線科医であるピエール・デュランは2018年、遠隔X線画像診断企業「ビジョン(Vizyon)」を共同創業したときに同様の困難を経験した。同社は仲介ビジネスを手がけており、キュアAIやソウルを拠点とするスタートアップ企業であるルニット(Lunit)といった企業からソフトウェアのライセンスを受けて、オプション・パッケージを病院に提供している。だがパンデミック以前は、なかなか支持が得られなかった。「顧客は画像用のAIアプリに関心を持っていました。ですが、医療現場のどこで画像用AI知能アプリを使えばよいのか分からなかったのです」。

新型コロナウイルス感染症の襲来はその状況を変えた。フランスでは感染者数が医療システムを圧倒し始め、政府が検査能力の強化に失敗したことで、PCR診断より正確性は劣るものの胸部X線画像で患者をトリアージすることが代替ソリューションとなった。遺伝子検査を受けることができた患者でも、結果がわかるのに少なくとも12時間か、時には何日もかかる可能性があった。医師にとって隔離するかどうかを判断するのを待つには長すぎる時間だ。

それに対して、たとえばルニットのソフトウェアを使ったビジョンのシステムは、患者をスキャンして感染している確率を計算するのに10分しかかからない(ルニットは自社の予備研究でこのツールはリスク分析において人間の放射線科医に匹敵するという結果が出たと述べているが、その研究は公表されていない)。「 多くの患者が訪れるときは非常に魅力的なソリューションです」とデュラン医師は言う。

ビジョンは以後、フランス国内で最大規模の2つの病院と提携を結んでおり、中東およびアフリカの病院とも交渉中だという。一方、キュアAIは既存の顧客に加えて、現在はイタリア、米国、メキシコに拡大している。ルニットも新たにフランス、イタリア、メキシコ、ポルトガル各国の4つの病院と連携している。

評価が速いことに加えて、デュラン医師はパンデミック中の病院にAI採用を促している可能性のある別の理由を見い出している。多くの病院は、危機の後に必ずや発生するであろうスタッフ不足に備える方法を考えているのだ。パンデミックのような衝撃的な出来事の後には、しばしば医者や看護師の流出が起こる。「医者の中には生き方を変えたいと思う人もいるでしょう。何が起こるかは分かりません」とデュラン医師は言う。

「私たちのアルゴリズムを一度使い始めた人はみんな、使い続けています」

病院が新たにAIツールに門戸を開いたことは見逃されなかった。多くの企業が長期間の契約につなげようと、無料試用期間とともに自社製品の提供を開始している。

「AIの有用性を証明する良い方法です」とルニットのブランドン・スーCEO(最高経営責任者)は言う。キュアAIの共同創業者であるプラシャント・ワリアーCEOもそれに同意する。「新型コロナウイルス感染症以外の私の経験では、私たちのアルゴリズムを一度使い始めた人はみんな、ずっと使い続けています」。

キュアAIとルニットの肺スクリーニング製品はいずれも、今回の新型コロナウイルス危機の前に欧州連合(EU)の安全衛生機関から承認を受けている。ツールを新型コロナウイルス感染症に適応させる際に、両社はすでに承認を受けていた機能を転用したのだ。



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キュアAIのqXRシステムが検知できる肺の異常の種類

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たとえばキュアAIのqXRは、一般的な肺の異常を検知するのに深層学習モデルを組み合わせて使う。同ツールを改造するために、同社は専門家委員会と協力して最新の医療文献を精査し、新型コロナウイルス感染症によって引き起こされた肺炎の典型的特徴を見つけ出した。すりガラスのような影のある画像のくすんだ部分や、肺の側面の濃い部分といった特徴だ。それからそれらの情報をqXRに学習させて、画像に表れた明確な特徴の数から感染リスクを計算できるようにした。キュアAIが1万1000人以上の患者の画像で実施した予備検証試験では、qXRは新型コロナウイルス感染症の患者とそれ以外の患者を95%の正確さで区別できることが分かった。

だがすべての企業のAIシステムがそれほど正確だったわけではない。新型コロナウイルス危機の初期に、マリク医師はAIをベースとした新型コロナウイルス感染症スクリーニング・ツールを売り込む企業36社とメールを交わし、24社と話をした。「そのほとんどがまったくのガラクタでした。パニックと不安に乗じて儲けようとしていたのです」とマリク医師は言う。その傾向に彼は不安を感じている。危機のまっただ中にある病院は適切な評価をする時間がないかもしれない。「『溺れる者は藁をもつかむ』です。のどが乾いている人は、どこの水にでも手を伸ばします」(マリク医師)。

世界経済フォーラム(WEF)のAI機械学習部門の責任者を務めるケイ・ファース・バターフィールドは、この機に、規制の手順を緩和したり、適切な検証をせずに長期契約を結んだりしないよう病院に促している。「このパンデミックにAIを役立てているのは、もちろんすばらしいことです。ですが、AIに伴う問題はパンデミックだからといって消えてなくなるわけではありません」。

カリフォルニア大学サンディエゴ校のロングハーストCIOはまた、この機会に臨床試験を実施している企業と提携することを病院に推奨している。「これが標準的な治療であると判断を下す前には、明確で確実なエビデンスを手に入れる必要があります」とロングハーストCIOは言う。それに達しないものはすべて「患者にとって害になるでしょう」。


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