遺伝子療法の進歩は、いったいどれだけの患者に治療の恩恵をもたらすのだろうか。遺伝性血液疾患である鎌状赤血球症の患者や家族らは、希望の裏に警戒心や懸念を持っているという。
鎌状赤血球症の治療に役立つ可能性のある遺伝子編集技術は現在、人間を対象として試験されている。しかし、もしうまくいったら、必要な人が治療を受けられるのだろうか? 病気の治癒の可能性が見えてきた現在、これは緊急に考えるべき問題であると米国立ヒトゲノム研究所のヴァンス・ボナム上級顧問は語る。
鎌状赤血球症(SCD)は患者数が世界で数百万人に上る遺伝性血液疾患である。患者の体内で異常のある赤血球が作り出され、激しい痛み、脳卒中、臓器および組織の損傷につながる恐れがある。
科学的な観点からは、この病気で苦しむ人にとって「遺伝子療法で治癒できる見通しが出てきたことは大変喜ばしいニュースです」。ボナム上級顧問は2019年9月18日、MITテクノロジーレビュー主催の「EmTech(エムテック)」カンファレンスで述べた。研究者たちは、正確な遺伝子編集ができるツールであるクリスパー(CRISPR)を使って、鎌状赤血球症に関連する単一の遺伝子を改変する手法を試しているところだ。
しかし、社会学的な観点からは、作業がまだ始まったばかりだとボナム上級顧問は論じる。鎌状赤血球症は特定の民族、特にアフリカ系の人々に多い疾病である。米国には約十万人の患者がいるが、大多数の患者はサハラ以南のアフリカおよびインドに居住しているという。
ボナム上級顧問と同僚は最近、鎌状赤血球症の患者や家族、医師らを対象として、有望な新手法に対する「態度や考え」を探るための調査を実施した。ボナム上級顧問らが話をした人々の多くは、必要とする人が手頃な価格で容易にクリスパーによる治療を受けられるかどうかについて疑問を呈している。この調査により、鎌状赤血球症コミュニティの間で「新たな希望」が生じていることが判明したが、希望の裏に警戒心や懸念があることも認められたという。そして、この警戒心や懸念の一部は、長年にわたって「鎌状赤血球症コミュニティが医療の権利を剥奪されてきた」歴史に基づくものであると結論付けている。
この調査の面談に応じたある医師によると、「より多くのリソースを持つ」裕福な人々が患いやすい他の希少疾患の方が注目を集めて、多くの資金を調達できるという事態が生じる危険があるという。その結果、鎌状赤血球症の患者たちが「取り残されてしまう可能性」が懸念される。鎌状赤血球症の患者たちは「今まで他の多くの面で取り残されてきた」ので、クリスパーによる治療についても、すでに懐疑的であるという。
治療法の開発だけでなく、「広範な人が新しい技術の恩恵を受けられる」よう、安価に提供できるより良い方法が必要だとボナム上級顧問は語る。「遺伝子療法は大きな可能性を秘めていますが、恩恵にあずかれるのは誰なのかという問題を考えなくてはならないでしょう」。
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