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フィリップス、「遠隔ICU」を日本市場へ本格導入、コロナ対策にも活かす

2020年9月4日(金)

株式会社フィリップス・ジャパン(フィリップス)は、2020年9月1日、遠隔集中治療ソリューション「eICUプログラム」を2020年9月から日本市場で販売開始すると発表し、オンラインで記者会見を行った。

遠隔集中治療患者管理プログラム(eICU)とは、複数の病院や病棟にいるICU患者の状態や生体情報、検査結果などを、ネットワークを通じて遠隔地にある支援センターに集約し、集中治療の現場をサポートできるプログラム。支援センターにいる専門医1名、看護師1名、医師事務作業補助者1名のチームが、約50名のICU患者のケアをサポートする。

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遠隔集中治療ソリューション「eICU」

海外においては既に15年以上、550の医療施設で導入されている。米国の研究では625万人以上のビッグデータと組み合わせて効果的な対処法を導き出すことで、ICU退室までの期間を20%短縮する結果も出ているという。日本国内では、2018年4月から昭和大学とフィリップスが実用化に向けた共同研究を行ってきた。そして2020年7月に薬機法の認証を取得して、今回の日本市場本格展開となった。

フィリップスでは、限られた数の専門医・看護師で効率的にICU患者を治療できるeICU活用により、専門医不足に悩む地方の病院などとの医療連携など高齢化に伴う重症患者の急増にも医療の質を落とさずに効率的に診断することが可能になるとしている。

集中治療現場の課題を的確に把握

はじめに、フィリップス・ジャパン代表取締役社長の堤浩幸氏は、医療地域格差、感染症対策、平均寿命と健康寿命の乖離、医療従事者不足、医療費増加、厳しい病院経営、少子高齢化などの日本の医療社会が抱える問題を整理、「医療を的確に捉え、その場だけではなく、サステイナブルなオペレーションができる医療システムが重要だ」と改めて述べた。

フィリップスは、患者へのよりよい治療、患者体験の向上、医療従事者の満足度向上、ケアコスト低減の4つを「価値ベースケア」とし、ヘルステックを展開している。フィリップスの特徴は、生活から予防、診断、治療、ホームケアまでを一気通貫で行い、情報で結ぶヘルスケアソリューションを掲げているところ。その一つのソリューションがeICUということになる。

フィリップスのeICUは、end to endのソリューションを提供できることが特徴だという。センターとハブをネットワークで結び、そのデータを活用する。「医療従事者にとっても患者にとってもプラスになるものだ」と堤氏は述べた。

そして「eICUは一言でいうと、集中治療現場の課題を的確に把握し、医療従事者と一緒に解決していくソリューションだ」と続け、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行によって医療従事者の負担が増していることについて触れた。「医療の質をあげ、患者のケアに注力することが重要。感染拡大への予防、不安も解消できるのではないかと考えている。フィリプスはヘルスケアインフォマティックスを強化しながらeICUをはじめとした、DX(デジタルトランスフォーメーション)に挑戦している。eICUは大きなイノベーションであり、あらたな価値創造の一歩となることは間違いない」と語った。

eICUを使ったCOVID-19治療への効果

続けて、既にeICUを使用している昭和大学医学部 集中治療医学講座 教授の小谷透氏が登壇し、eICUシステムを使ったCOVID-19呼吸不全治療と感染症対策強化への有効性について紹介した。

昭和大学は横浜市北部病院、藤が丘病院、昭和大学病院と江東豊洲病院、4つの病院を持っている。現在、eICUは旗の台にある昭和大学病院とそこから15km離れている江東豊洲病院に導入され5つのユニットを支援している。将来は横浜市にある病院とも繋いで100床を超えるユニットを支援する予定だ。

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昭和大学でのeICU活用

eICUは支援センターから現場を支援するシステムだ。現在50を超えるベッドを繋いでいるが、これを効率的にモニタリングするための様々なシステムが実装されている。支援センターには集中治療専門医、専門・認定看護師、医師事務補助者の三つの職種が詰めている。現場となる部屋には様々なシステム装置がある。天井のスピーカー、壁のカメラとディスプレイ、現場が支援を求める「elert(イーラート)」と呼ばれるボタンなどだ。それらの装備を現場に持ち込めない場合は、「モバイルカート」というスタンドアローンユニットを現場に持ちこむことで、LAN環境さえ整っていれば支援センターと繋がることができる。

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eICUを使うことで50床を効率的にモニタリング可能

音声・ビデオは双方向になっており、カメラは毛穴まで見える高い解像度を持っているという。現場とカメラがつながることで、現場の困りごとをリアルタイムで解決する。何に困っているか、どうしたらいいかを、それぞれの職種同士で話すことができる。

eICUの心臓部が「eCareManager」だ。必要なデータを抽出して様々な解析を行い、スタッフに知らせてくれるシステムである。検査値や呼吸異常の通知のほか、「敗血症ではないか」といった注意喚起も表示する。また、ICUを出られるかどうかの予測値もリアルタイムで表す。たとえば「いまこの患者をICUから出すと3%の確率で亡くなるかもしれない」といった情報が提示される。逆にその予測値が0.02%を下回ると「もう退室しても大丈夫でしょう」といった情報が通知される。このような医療者に対するアドバイスシステムをもっているので、これを参考にして、どの患者にどれだけの重みでケアするべきか、あるいは次の患者にシフトするかを検討することができる。小谷氏は「このようなコントロールができるデバイスがあることがeICUの最強の強み」と述べた。

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eCareManager画面

4月にはCOVID-19患者が急激に増え、ECMO患者も増えた。東京の多くの地域医療拠点ではCOVID-19以外の患者もケアしている。だがCOVID-19患者を診るために2週間以上かけないとベッドが準備できない状況が発生。普段の医療とCOVID-19患者への対応のバランスをどう取るかが重要な問題となった。

多くの病院でベッドが逼迫し、昭和大学の病院にも多数の転送依頼が殺到したという。幸い陰圧個室が多くあったので対応できたが、eICUを使うことで日常の治療と並行しながらCOVID-19対応に徐々にシフトし、ICUを増床するとともに熟練の看護師をICUにシフトしていくことで非常にうまく管理することができたと語った。

ECMOも最初は1台だったのを今は3台に増やし、日常臨床にコロナ診療を落とし込んでいくことを徐々に進めていった。そのためにeICU活用が非常に役立ったという。陰圧個室で完全防護服を着用すると、一回脱ぐとなかなか入ることができない。しかし、脱がないと院内感染を防ぐことができない。しかも重症の呼吸不全に対してはチーム医療が大事だ。たとえば患者をうつ伏せにする伏臥位療法、ECMO、腎機能が落ちた患者に対する腎代替療法、そして早期リハビリまで含めて、チーム医療を展開するために多数の人員が部屋に入らないといけない。だが院内感染が出ては元も子もない。そのためスタッフの安全安心確保が患者の安全安心にも直結する。

最終的にはワークフローを見直して、スタッフそれぞれの仕事・負担を減らし、仕事を整理してできるだけ短時間でケアができるようにした。しかし、看護師にとっては、自分が必要とされているのに病室に入れないのは非常なストレスになる。そこで何らかの患者をサポートするツールがないとケアが成り立たない。患者自身も自分の病状を知りたいと考えている。それにリアルタイムでこたえるためには何らかのツール/ソリューションで外から陰圧個室の中を支援しないといけない。ここにeICUのシステム活用が効いてきた。

患者に対しては1日数回、ビデオラウンドを行い、患者と話をしたり人工呼吸器など医療機器のチェック回数を増やしたりした。特に医療スタッフがいないときにビデオラウンドの回数を増やした。伏臥位療法のときにも高解像度のビデオシステムによるチェックで細かいところまでチェックを行い、看護スタッフがいない時間帯も同じ医療の質を保つことができたという。

eICUの支援は、基本的には現場からのコールから始まるが、それ以外にも定期的なビデオラウンドによるチェックを行う。担当医に連絡をすることで、約半分のケースはeICUのしくみで解決できたという。またeICUでの介入は教育機会にもなる。熟練看護師が現場看護師をサポートすることで現場も安心感を得られる。しかも、そのために必要な時間は、1件あたりおおよそ5分未満であり、小谷氏は「わずかな時間で、すばやく現場の問題を解決できることがeICUの強み」と述べた。

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eICUの支援内容

昭和大学では2018年からeICUをフルで活用している。まず小谷氏は、患者の重症度は年々上昇していることを示した。一方、重症度評価から事前に計算される予測死亡率と、実際の死亡率との関係に着目すると、遠隔ICUを導入したあとは、その数値が半分以下に改善されていると述べた。小谷氏は「先ほど述べたような5分未満の細かい介入を繰り返すことが、患者の安全安心につながっているのではないか」と語った。

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実死亡率が予測死亡率に比べて低下。赤がeICU活用後。

ICUを出たあとに着目しても、入院死亡率の改善が見られる。eICUを活用することで重症患者を早期にICUに入れるといったベッドの有効活用ができたために、ICUに入る前と、出たあとの患者ケアもできるようになった。そして院内全体の医療安全に繋がったのではないかと考えているという。

ただ、逆に滞在日数(LOS)は若干増えている。これは効率性の問題において今後重要になってくるのではないかとも述べた。患者に均等に治療の機会を持ってもらうためには最短の期間で治ってもらって、退院してもらうことが重要だからだ。そのためには滞在日数は重要な評価指数となる。eICUではこれらの数値がリアルタイムでわかる。小谷氏は、これが次に昭和大学が直面する医療の目標になると考えており、モチベーションになると述べた。

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ICUを出たあとの患者ケアも改善。しかし滞在日数は増加

これらのデータは日常の患者ケアに忙殺されていると、なかなか実感しにくい。だがeICUを導入していると四半期ごとにレポートデータが医師の手元に届く。そしてそれを将来の医療の質向上に繋げていくことができる。小谷氏は「eICUの将来に大きな希望を持っている。引き続き患者の安全安心のために努力を続けていきたい」と語った。

なお、システム実用化の上でもっともハードルとなったのはどの点かという質問に対して小谷氏は「現場スタッフがカメラやセンサーで監視されている気分になったり、自分たちが行っている医療を支援センターから否定されたりするのではないかといった、現場と支援センターの温度差の問題が最初はあった。医療なので、どちらが責任をとるのかといった議論もあった」と答えた。しかし、時間をかけた議論を通じて現場がやりたいことを支援するためのものであることを伝えて、うまく解決していったという。

eICUで死亡率を26%、在室日数を30%削減

担当者であるフィリップス・ジャパン コネクテッドケア事業部長の田口賢氏は、「eICU」の特徴や効果、展望について改めて解説した。フィリップスのeICUは日本初の薬機法認証取得済みの遠隔ICUで、CDS(クリニカルディシジョンサポート)ツールである「eCareManager」を搭載していることを特徴としている。患者の変化を予測し、医療従事者の治療介入をサポートするツールだ。また、カメラなどを使った病床診療支援、臨床アウトカムの向上、医療の質の向上、患者と医療従事者の満足度への貢献、病院経営における収益改善の実現を価値としている。

eICUは、新型コロナウイルスへの対応、ベッド不足、医療従事者不足などに対して、「People」「Technology」「Process」の3つのキーワードにより、感染リスクの軽減、安心・安全の提供、受け入れ体制への貢献を目指す。

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eICUのコンセプト

具体的には、どのように支援連携し運用改善し、リスク共有するのか。支援センターは数十のベッド全体を俯瞰し、どの患者から優先的に治療をしていけばいいのか、どの患者向けにアドバイスをしていくのかなどを見ることができる。一方、現場(ベッド)では、どうすれば早くICUを退室できるのか、計画を持って治療を実行し、患者にとってのベターアウトカムを生み出す。支援体制は24時間365日の支援を行い、CDS、オンラインのビデオシステム、様々なデータを使ったレポーティングなどによる医療情報の共有を行っていくなど様々なテクノロジーを組み合わせたものとなっている。

人の支援体制については、eICU支援センターは24時間365日運営される。たとえば150のベッドを管理する場合の体制は、集中治療医が1名、専任看護師が1-3名、医療事務が1名となる。

テクノロジーについては日本初の薬事承認を受けた「eCareManager」を中心に紹介した。センターでは6面から8面の画面でベッドを支援するが、8面モニタを用いる場合は、生体情報モニタ、電子カルテのほか、あとの6面がeCareManagerによる診断支援画面となる。

まず、患者の緊急度と重症度を自動表示する「Automated Acuity」は、見た目だけではなく、既往症など心臓血管や中枢神経のリスクを見ながらスコア化する。単純に緊急度が高いからということだけではなく、患者の変化を見てスコア化する点が特徴だ。

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Automated Acuity

「Patient Profile」は患者情報を集約する画面。集中治療関連の医療従事者が見やすい画面になっているという。

「Sentry Smart Alerts」は、時間経過と共に変化する患者の状態を変化に合わせて通知する画面。単なる閾値の変化だけでなく、蓄積データをもとに、患者のトレンドを見てアラートを出すことができる。

「Discharge Readiness Score」はICUを退室できるのかどうかを通知する画面。ICU退室後48時間以内に死亡、または再入室するリスクを予測するアプリケーションだ。

併せて、オンラインビデオシステムがある。スピーカーフォンやカメラ、elertボタン、モバイルカートなどで支援センターとベッドが常時接続し、必要に応じて支援や助言を行える。

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オンラインビデオシステム

人と技術があって初めてプロセスへと繋がる。目の前の患者をモニタリングし、診断治療支援を行い、臨床介入することで 目の前の患者をいかにケアするかという短期的な話と、さらに、そこで得られたデータを結果分析することで、次に、臨床的なより良い運用改善のためには何をすればいいのかを考えるよう促す長期的なプロセスの二つがあるという。

アメリカではeICUを使うことで、死亡率を26%下げ、在室日数を30%短縮、患者一人あたりのICUにおける費用を5000ドル削減、退院し自宅へ帰るまでの日数を15%削減、転院を要する患者を37%削減、そして転院を減らすことによる費用を約120万ドル削減する効果があったという。

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海外での改善事例

アメリカではこれまでに625万人分のデータが集積されており、薬剤のオーダーは1億回分、3200億回分のバイタルサイン計測、550の病院が接続されているといった実績がある。日本でもこれから大量のデータが蓄積されてくる。田口氏は最後に「こういったものを通じて、さらに現場に即したよりよいソリューションを提供していきたい。日本の医療に役立つソリューションを開発していきたい」と述べた。

新型コロナウイルス特設ページ COVID-19
森山和道

森山和道 サイエンスライター

サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。

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