1. m3.com
  2. AI Lab
  3. ニュース
  4. 「生殖」の不平等ー卵子凍結は人類史上不変の問題を解決できるか

AI Lab プロジェクト医療×AIの発展にご協力いただける方を募集しています

「生殖」の不平等ー卵子凍結は人類史上不変の問題を解決できるか

2019年12月30日(月)

平均寿命が延び、女性の社会進出が進んだにも関わらず、女性の生殖寿命は変わらないままだ。米国では「卵子凍結」する女性が増え、福利厚生の一環として費用を負担する企業もある。女性の生殖寿命を延ばすことができるのだろうか?


ミシェル・ハリソンは、40歳になったとき、もっと大きいマンションを買うためにニューヨーク市のマンションを売ることにした。ハリソンは独身だったので、自分のキャリアに人生を捧げていた。広告代理店とESPNのマーケティング部門で夜遅くまで働き、出張であちこち飛び回っていた。だからマンションを購入することができたのだ。

マンションを売りに出している間、郊外に住むおばの元に一時的に引っ越したハリソンは、青々とした芝生と、一息つける空間の素晴らしさに気づき始めた。ハリソンは仕事を辞め、大都会でキャリアを突き進む生活と引き換えに、限りなく広いコロラドの全景を手に入れたのだ。

新しい生活での最初の任務の1つは婦人科の定期検診だったが、この頃ハリソンは41歳になっていた。診察時、医師は単刀直入に訪ねてきた。「赤ちゃんは欲しいですか?」

「私は『さっぱりわからない』という感じでした」とハリソンは言う。「ショックでした。というのも、私はそれまで自分のキャリアに集中し過ぎていたので、出産や自分の年齢について真剣に考えたことがなかったのだと思います」。

医師は、高齢女性の妊娠の成功で定評のあるコロラド生殖医学センター(Colorado Center for Reproductive Medicine – CCRM)をハリソンに紹介した。生殖能力に関して言えば、35歳が医学で言うところの「高齢出産(AMA)」への転換点だ。誰しも、転換点を自由に決めることはできない。米国産科婦人科学会によれば、女性の生殖能力は32歳あたりで衰え始め、37歳までに急降下していく。

「卵子を凍結したいのなら、今こそがチャンスです」。そう告げられたハリソンは、近年増え続ける、生体時計を遅らせようとする女性の一人になった。卵子凍結に踏み切る米国人女性の数は、2009年には500人未満だったのに対し、2016年には7000人を超えている。

「『チャンスを逃さないように、とにかく保険としてやってみよう』と思ったのです」とハリソンは語る。

保証なし

実際、チャンスはすでに逃げかかっていた。不妊治療の専門家は、卵子凍結保存を望む女性には、卵子の数が十分にある20代後半から30代前半の間に卵子凍結するよう勧めている。妊娠中期の女の子の胎児の卵巣には、左右それぞれ300万個の卵子がある。それが出生時には50万個に減少し、思春期までには15万個にまで減少するのだ。更年期になると卵子はほとんど残っておらず、残っている卵子の多くは、老化によって遺伝子が問題だらけになっている。DNAの損傷が多ければ多いほど、卵子や胚は流産や染色体異常、完全な不妊を引き起こしやすくなる。

女児が使い切れないほどの数の卵子を持って生まれる理由は明らかになっていない。また、遺伝子が一因ではあるようだが、年を重ねるごとに卵子の数が急減する理由についても未解明だ。確かなのは、確実に生殖可能な期間を延長させる方法を考えついた者は誰もいないということである。

卵子凍結は、生殖期間の延長にもっとも近い技術であろう。通常の月経周期で複数の卵子を放出できるよう、女性の卵巣をホルモン注射で過剰刺激する。すぐに終わる外科手術で、針を挿入してこれらの卵子を採取する。そして、氷晶の形成を防ぐように考案された「ガラス化保存法」と呼ばれる手法で、卵子を一つひとつ瞬間凍結し、解凍される時まで液体窒素に浸す。これで冷凍ベビーの完成だ。

2012年、米国生殖医学会(ASRM)による卵子凍結はもう「実験」段階ではないとの発表は、女性のエンパワーメントの時代の到来を告げたかのように見えた。もはや、女性はキャリアのために親になる機会を犠牲にする必要がなくなったのだ。たとえ子育てのために出世コースを脱線するリスクがあろうとも、能力が認められるまでの間は卵子を凍結保存しておくことができるので、仕事での出世から妊娠・出産までの全てを手に入れられるようになった。また、結婚相手となかなか巡り合えない場合でも、理想のパートナーを探し続ける間に卵子を凍結させておくことができるので、焦る必要はない。

アップルやフェイスブックをはじめとするテック企業が、1サイクルごとに1万ドルかかる卵子凍結の費用を福利厚生として負担するようになったことで、卵子凍結に対する熱狂を煽った。

その後の7年間で、卵子凍結はすっかり主流になった。7月20日にマンハッタンのブライアントパーク付近にいた人は、カインドボディ(KindBody)の移動式不妊治療クリニックを見かけたかもしれない。このクリニックは、屋外の待合室(歩道の上に絨毯を敷き、ソーサーチェアや人が座れる丸形クッションを設置したスペース)のすぐ隣に駐車された、シックなレモンイエローと白の塗装が施されたRV車で、女性が仕事帰りに立ち寄って生殖能力評価を受けることができる。この評価には、卵巣の超音波検査、不妊治療の専門家による診察、「卵巣予備能」(卵巣内に残っている卵胞や卵子の在庫数)の指標となるAMH(抗ミュラー管ホルモン)濃度を測定する血液検査が含まれる。

卵子凍結は、堅実なテクノロジーとは程遠いものの、大いに注目を浴びている。卵子凍結の成功率は判断しにくい。なぜなら、卵子凍結は非常に新しい手法であり、卵子凍結をした女性の多くがいまだ解凍した卵子を使って妊娠を試みていないためだ。既存のデータが示唆するのは、数の勝負だということだ。予想通り、若い年齢のときに凍結保存した卵子が多ければ多いほど、保存した卵子のうち少なくとも1個が妊娠・出産につながる可能性が高くなる。

「卵子凍結をやめなさいと言いたいわけではありません。女性は、最良の選択肢である卵子凍結をすべきだと思ってはいますが、卵子凍結は保険契約にはなり得ないのです」。そう語るのは、ASRMの元会長である、ペンシルバニア大学産婦人科のクリストス・クティファリス教授だ。「通常、保険契約では保険金の支払いが保証されていますが、卵子凍結の場合は子供を授かる保証はないのです」。

ハリソンの場合、41歳という年齢から見込める卵子数を大きく上回る21個の卵子を採取できたので、麻酔から目覚めたときは看護師がハイタッチしてきたほどだった。それにも関わらず、見返りはほとんどなかった。「看護師たちは『(採取できた卵子の数が)信じられない』といった具合でした」とハリソンは言う。「もちろん、医師からは、受精するまで卵子の状態は分からないと言われましたが、ピンときませんでした。私の頭の中は、21という数字でいっぱいで、その後もすべて簡単に事が運ぶだろうと思っていたのです」。

ハリソンは、卵子を凍結し、その後日常生活を送っていた。43歳のとき、47歳のある男性と出会って恋に落ち、子作りを決心した。ハリソンは妊娠を試みたが、43歳の妊娠確率は5%にも満たないのだ。数カ月試みたのち、ハリソンは「保険契約」が支払われることを確信して、凍結させた自分の卵子を解凍することにした。それから、電話がかかってくるようになった。

「クリニックから『卵子が10個になりました』という電話がかかってきました。そして、2、3日おきに電話がかかってくるごとに、卵子の数が8個、5個、そして3個と減っていったのです」とハリソンは話す。

主治医からは、残った3個の卵子の遺伝子鑑定を受けるよう勧められた。3個のうち、遺伝子に問題のなかった卵子はたったの1個だけであった。「私は精神的に打ちのめされました」とハリソンは言う。「こんな思いをすることや、期待と落胆の差が激しいこと、何より卵子の数が大幅に減ることなんて、誰も事前に教えてくれないのです」。

生殖権

生殖寿命を延長できる可能性に大きな関心を抱く女性の数は増加し続けている。40歳から44歳までの米国人女性の出産率は、1985年以降上昇し続けている。また、45歳以上の女性の出産率は2016年から2017年の間に3%増加しており、50歳以上の女性の出産率も1997年以降増加している。これは、女性の生殖寿命が長くなったからではなく、中年期以降に妊娠・出産しようとする女性が増えたためである。

こうした傾向により、研究者は、生殖能力を強化する新たな方法を考案するよう迫られている。現在では、穏やかな方法(アサイーサプリメントなど)、侵襲的な方法(卵巣をちくちくと刺して血流を刺激する手法など)、SFの世界から来たと思しき方法(幹細胞から製造された人工配偶子など)、その他明らかに奇妙な方法(膣にオゾンを注入する手法など)など、たくさんの手法があり、それぞれ開発段階もさまざまである。

「男性は、中年期以降でも確実に子供を作ることができ、中年期以降の男性の子作りを禁止する提案はありません。それでは、なぜ中年期以降の女性の子作りを禁止すべきなのでしょうか?」

それにしても、生殖寿命の延長とはどういう意味だろうか?たとえば、50歳までといった具合に少しだけ延長できればいいのだろうか?それとも、70代になっても出産できるほど長く延長したいのだろうか?女性は、40歳を過ぎると自分の卵子による自然妊娠が難しくなるが、50代の健康な女性の多くや、さらには60代の女性でさえ、問題なく妊娠することはできる。

だが、研究結果によると、40歳以上の女性の場合、子癇(しかん)前症や妊娠糖尿病、早期出産などの妊娠合併症のリスクが高まる。そのため、大半の不妊治療クリニックでは年齢制限を定めている。「女性本人の卵子を採取し、テクノロジーの進歩で卵子を完璧な状態にすることができたとしても、リスク許容のボーダーラインとなる年齢というものがあるのです」。そう語るのは、ボストンIVFの生殖内分泌学者で、ASRMの運営方針を定める実行委員会の会長を務める、アラン・ペンジアス博士だ。「生理学的には可能であっても、やるべきではないのです。女性の体は50代前半を過ぎると、妊娠には対応しないようになっているのです」。

しかし、妊娠できる対象に制限を設ける際には用心が必要だ。「男性は、中年期以降でも確実に子供を作ることができ、中年期以降の男性の子作りを禁止する提案はありません。それでは、なぜ中年期以降の女性の子作りを禁止すべきなのでしょうか?」と問いかけるのは、ジョンズ・ホプキンス大学バーマン生命倫理研究所の創設者、ルース・フェイドン博士だ。フェイドン博士は、この問題を、米国内の「女性が自らの妊娠・出産のシナリオを管理できる権利を尊重する」生殖権を奪う最新の攻撃だと考えている。

それでも、純粋な生理学的観点からは、妊娠は比較的若い女性の出来事だということは否めない。「私は、医学が寿命を長くすることはできたものの、なぜか女性の生殖寿命は変わらないということを常に念押ししています」。そう語るのは、ハリソンが卵子を凍結したCCRMの科学部長、マンディー・カッツ・ジャッフェ博士だ。卵巣は、思春期から更年期の間のみ働く、体内で最も急速に老化する器官である。より長く、より健康な人生を送る人々は、より長い時間をかけて家庭を築くことができるが、女性の体はそうしたライフスタイルの変化に対応できるようには未だ進化していないのだ。

女性の生殖寿命の延長に成功すると、出産以上のメリットがある。「私は、女性が70歳になっても妊娠・出産できるようにすることを目標にして毎朝起きているわけではありません」と語るのは、ノースウェスタン大学の生殖科学センター(Center for Reproductive Science)を運営するフランチェスカ・ダンカン助教授だ。卵巣の老化を遅らせる方法を特定することで、卵巣はより長い間エストロゲンを分泌するようになるが、これは女性の健康にとって良いことなのだ。多数あるメリットの1つは、女性の死因第一位を占める心臓病の防止効果である。

また、ダンカン助教授は、バック老化研究所に新設された「女性の生殖寿命と平等センター(Center for Female Reproductive Longevity and Equality)」の非常勤教授も務めている。このセンターは、昨年「男性はその生涯を通じて生殖できるのに対し、女性の生殖能力が30代前半から衰え始めるという、人類史が始まって以来ずっと存在する不平等に取り組む」ために立ち上げられた。

『ああ、私の生殖問題のシナリオを書き換えたらいいのに。』と考えていました」とシャナハンは振り返る。「そしてその時、『ひょっとしたら実現できるのかもしれない』と思ったのです」。

センターは、老化の中でも特に女性の生殖能力の老化に関する研究に従事する科学者を集結させた初めての施設であり、弁護士のニコール・シャナハンが考案したものだ。シャナハンは、29歳という若さで卵胞活性がほぼないことが生殖能力の検査で判明し、生殖の不平等さに気づいた経験を持つ。シャナハンは、IVFに向けて卵子と胚を保存しようとしていたが、毎月のように卵巣嚢腫が発生し、治療の妨げとなっていた。「自分の状況から判断すると、私は30代半ばには更年期に入ることになりそうでした」。グーグルの共同創業者、セルゲイ・ブリンのパートナーであるシャナハンは言う。「理由は分かりませんでした」。

移民の母の子としてオークランドの貧しい家庭で育ったシャナハンは、現在33歳である。大学とロースクールに入学し、結婚し、キャリアと家、家族を持つという大きな夢を託されていた。「この夢の実現に待ったをかけるような生物学的要因があるということに驚かされました」とシャナハンは話す。

弁護士としての業務を通じて、シャナハンは2017年に、TVプロデューサーのノーマンリアのリビングルームで開催された「健康と寿命」に関する会合に、モービーやゴールディ・ホーンをはじめとするハリウッドセレブたちと一緒に出席していた。シャナハンはその一角で、「Flo」というアプリで自分の排卵時期を確認しながら、全米医学アカデミーのビクター・ザウ会長による老化シナリオの書き換えに関するスピーチを聞いていた。「頭の中では、『ああ、私の生殖問題のシナリオを書き換えたらいいのに。』と考えていました」とシャナハンは振り返る。「そしてその時、『ひょっとしたら実現できるのかもしれない』と思ったのです」。

「私は大きな不平等感を感じていたのです」とシャナハンは言う。「すべてが疑われる時代ですから、この不平等な状態を見直す必要があるのです」。

シャナハンは、バック研究所が興味を示すまで打診し続けた。この新設されたセンターは現在、職員の採用と、センターの使命を広める活動に取り組んでいる最中だ。シャナハンは当初、セルゲイ・ブリン家族財団を通じて600万ドルを寄付したが、現在はビアー・エコー財団(Bia Echo Foundation)を通じて関与の度合いをさらに深めている。ビアー・エコー財団は、女性の生殖寿命と平等、刑事司法の改革、地球の健康と居住適性の保守といった問題に注力するために、シャナハンが最近立ち上げた財団だ。ビアーは、ギリシャ神話の暴力の女神であり、エコーは、ブリンとの間に11月に生まれたばかりの娘の名前である。数年間にわたり、不妊治療の失敗を重ねたあとで、自然妊娠することができた。

厳しい決断

21個も採取できた凍結卵子が1個になったあと、ミシェル・ハリソンは幸運に恵まれた。2015年7月13日、ハリソンと夫のジョンは、真っ青な目、暗めのブロンドカラーの髪、ふっくらとした頬のエリーを授かった。エリーを出産したとき44歳だったハリソンは、エリーの下にもう一人いたら…と考えることもあるが、二人目を出産するのは不可能だと分かっている。「二人目を妊娠している40代の人を見ると、未だに心が痛みます」とハリソンは言う。

so19chapter2fertility2 1

しかし、女性の生殖寿命の延長に関する探究は前進し続けるだろう。卵子凍結は、引き続き、妊娠・出産の準備ができていない女性のプレッシャーを緩和する手段として利用され続けるだろう。不妊治療クリニックが、マーケティングのターゲットを20代女性に変えてきていることで、より多くの女性がこの重大かつ高額な選択肢に直面することになるだろう。

ASRM実行委員会会長として、アラン・ペンジアス博士は、理論的には度が過ぎていると考えている。ペンジアス博士の娘が24歳になったとき「私に卵子凍結のことなど話さないでちょうだい」と釘を刺されたのだ。ペンジアス博士は、医師としてではなく、将来のおじいちゃん候補として答えた。「僕は、君に卵子凍結の話をするつもりはないよ。いや、ひょっとしたら少しはその気があるかもしれないけど」。

生物学的に生殖寿命を延長できることが現実味を帯びてきた場合でさえ、すべての女性が高齢期になって妊娠・出産をするといって大騒ぎするわけではないのだ。6月に、生後2週間の姪を抱き上げる機会があった。姪は、スパンコールがついたホットピンクのロンパースにくるまれ、2.7kgの体の中にか弱さと可能性秘めていた。姪を抱き上げることができて嬉しかったが、親の元に返したときの喜びも同じぐらいだった。私の年齢は40代後半で、私にはあと2年で高校を卒業する長子がおり、どれもこれも経験済みだ。しかし、私と同年代で、今こそ子どもが欲しいと思っている女性は、公平な生殖機会の実現に向けて取り組んでいる賢い人々がいるということを知っておくべきだろう。

ボニー・ロックマンは、シアトル在住のフリーランスジャーナリスト。最新の著書は『The Gene Machine』(未邦訳)である。


転載元の記事はこちら

This article is provided by MIT TECHNOLOGY REVIEW Japan Copyright ©2019, MIT TECHNOLOGY REVIEW Japan. All rights reserved.

MIT Technology Review

MIT Technology Review