およそ1年前、世界で初めてクリスパーで遺伝子を編集した赤ちゃんを誕生させた中国の賀建奎 (フー・ジェンクイ)元准教授が寄稿したと見られる未公表論文の写しを、MITテクノロジーレビューが入手した。その内容は、彼が遺伝子編集ベビーを誕生させるにあたり、倫理的および科学的な規範をどれほど無視していたかを示すものだ。
今年に入ってから、ある情報源がMITテクノロジーレビュー編集部宛てに、中国で2018年に生まれた初の遺伝子編集ベビーの誕生について記した未発表の原稿のコピーを送ってきた。今回、その原稿の抜粋を初公開する。
「HIVに対する耐性を持たせるようゲノムを編集した双子の誕生」というタイトルの4699語からなる未発表の論文は、遺伝子を編集した双子の赤ちゃんを作り出した中国人生物物理学者、賀建奎 (フー・ジェンクイ)元准教授が著したものだ。また、我々が同様に受け取った2件目の原稿でも、ヒトおよび動物の胚に関する研究室実験についてとりあげている。
送られてきたファイルのメタデータは、2つの草稿がフー元准教授が2018年11月後半に編集したものであることを示しており、当初は発表するために提出したもののようだ。2つの草稿を合わせた原稿が存在する可能性もある。この論文は、ネイチャー(Nature)とジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション(JAMA)という少なくとも権威のある雑誌2誌に検討されたが、未だに公表されていない。
二つの論文の本文は、「HIVの蔓延を抑制」できる医学的なブレークスルーだという誇張された主張でいっぱいだった。 この論文では、双子の赤ちゃんにHIVに対する耐性をもたらすために「新しい治療法」を使い「成功した」ことを、(成功という言葉を何度も繰り返して)主張している。それにもかかわらず、この論文では意外にも、双子が本当にHIVウイルスへの耐性があることをほとんど証明しようともしていない。また、論文の他の箇所にある、編集が失敗したことを示すデータのほとんどを無視している。
本誌は、この未発表の原稿を法学者、IVF(体外受精)専門医、発生学者、遺伝子編集の専門家の4人に読んでもらい、感想を尋ねた。彼らの見解は批判的なものだった。その中には、フー元准教授とそのチームの主な主張がデータに裏付けられていないこと、双子の両親が実験に参加するよう圧力をかけられていた可能性があること、いわゆる医学的な利点が全く信用できないこと、そして研究者が自身による遺伝子編集の効果を完全に理解する前に生身の人間を作ってしまったことなどが含まれている。
これらの文書は、史上最も重要な公益問題のひとつ、テクノロジーを使ってヒトの遺伝を変化させる能力に関するものであるため、遺伝子編集した「双子」の原稿の抜粋を、一部専門家からのコメントと彼らが挙げた疑問への説明を交えてここで紹介する。抜粋は、この論文で現れる順に記載している。
この原稿が現在まで公表されないままになっていた理由については、これらの原稿を科学雑誌に発表させようというフー元准教授の企てに関する別記事を参照していただきたい。コンテンツをここで公開することについては、フー元准教授のデータが生殖細胞系列に関する遺伝子編集は危険で時期尚早であることを示していると主張するペンシルベニア大学の遺伝子編集の専門家、キーラン・ムスヌル准教授の論説をお読みいただきたい。
原稿は、10名の著者の一覧から始まる。その大半は、当時南方科技大学にあったフー元准教授の研究室のメンバーだが、(フーの研究に参加した)夫婦の募集を支援したAIDS支援ネットワークの理事であるホア・バイや、ライス大学の生物物理学者であるマイケル・ディーム教授も含まれている(ディーム教授の果たした役割については現在ライス大学が調査中だ)。
これほど重要なプロジェクトにしては少人数だが、その理由の1つには、特に、患者を治療した不妊治療専門医や、赤ちゃんの分娩に対応した産科医などの一部の人物の名前が記載されていないことがある。彼らの名前を隠蔽したのは、赤ちゃんの両親の身元がばれないことを意図したものなのかもしれない。しかし、これらの医師が、世界初の遺伝子編集された赤ちゃんの創造に一役買っていることを知っていたのかどうかは定かでない。
この原稿が信頼に値するものなのかという疑問を即座に抱いた人たちもいる。
—スタンフォード大学法学部のハンク・グリーリー教授:この論文に報告されていることを裏付ける独自の証拠が全くないか、あったとしてもほとんどない。私は、双子の赤ちゃんはおそらくDNAを編集されて生まれたのだと思うが、その証拠はほとんど存在しない。この事例の事情を鑑みると、いつもなら人は誠実だと考える私でさえ、フー元准教授は誠実だとは思わない。
論文のアブストラクト(要旨)またはサマリー(まとめ)では、HIVへの耐性のある人間を作るというこのプロジェクトの目的と主な結果が明確に述べられている。そこには研究チームがCCR5と呼ばれる遺伝子に既知の突然変異の「再現」に「成功」したと記載されている。少数の人々は生まれながらにして、CCR5Δ(デルタ) 32として知られる突然変異体を持っており、HIVの感染への耐性を持っている。
しかし、サマリーの内容は、論文内のデータではほとんど裏付けられていない。具体的には、後で述べるように、このフー元准教授らのチームは実際には既知の突然変異を再現しなかったのだ。その代わりにHIVへの耐性につながるかもしれないし、つながらないかもしれない新たな突然変異を起こした。論文によると、チームは確認しようとしなかった。
—カリフォルニア大学バークレー校最先端ゲノミクス研究所 (Innovative Genomics Institute)でゲノム編集を研究する科学者フョードル・ウルノフ教授:有力なCCR5の変種を作り出したというフー元准教授らの主張は、あからさまに実際のデータを偽ったものであり、故意の虚偽としか言いようがないものだ。この研究は、研究チームが実際には有力なCCR5の変種の再現に失敗したことを示している。胚の編集が何百万人の人を助けるという主張は、妄想的であると同時に理不尽であり、1969年の月面歩行が「月で生活したい何百万人という人類に希望をもたらす」と言うのに等しい。
—エウジン・グループ(Eugin Group)の科学担当役員リタ・ヴァッセナ:この資料を手に取ったとき、私はヒト胚の遺伝子編集に対する思慮深く心のこもった取り組みを見ることができることを願っていた。だが残念なことに、この論文の内容は、クリスパー(CRISPR)/Cas9テクノロジーを何が何でもヒト胚に使うための正当な理由を見つけるという目的を求めた実験に近いものであり、次世代のための誠実で慎重に考え抜かれた段階的アプローチを使ったヒトゲノム編集などでは決してなかった。現時点での科学的コンセンサスが示しているとおり、妊娠させるためにクリスパー/Cas9をヒト胚に使用することは、現段階においては不当かつ不要であり、研究されるべきではない。
フー元准教授らは、アブストラクトの終わりと本文の冒頭で研究の正当性を説明し、遺伝子編集された赤ちゃんは何百万人という人々をHIV感染から救う可能性があるとしている。我々にコメントをくれた人たちは、この主張を「不合理」で「馬鹿げた」ものだと考えており、クリスパーがHIVに耐性のある人間を生み出すことができたとしても、アフリカ大陸南部のようにHIVが蔓延するところでは実用的ではないだろうと指摘している。
—リタ・ヴァッセナ: この研究は遺伝子編集や、その後の妊娠を目指したヒト胚の移植を、ほとんど正当化していない。遺伝子編集由来の胚がいつか「HIVの流行を抑制」できるようになるかもしれないという著者らの考えは馬鹿げている。すでに、公衆衛生の取り組み、教育、抗ウイルス薬の広範な利用により、HIVの流行が抑制されることが分かっている。
—ハンク・グリーリー教授:これはもっともらしい「HIVの流行を抑制する」方法と考えることは馬鹿げている。(まったくありそうにないが、)世界中の赤ちゃんの一人ひとりにこの変種が与えられたとしたら、20~30年以内にHIV感染に大いに影響を及ぼし始めるだろう。しかし、この時までにはHIVの流行を食い止めるさらに優れた方法が生まれるだろうし、まだ十分ではないにせよ、流行を大幅に遅らせる既存の方法があるのだ。中国の感染率の64%増 がもし本当ならは、非常に少ないところから急増したことになる。中国のHIV感染率は西欧諸国と比較すると非常に低い。一部の発展途上国における状況は依然として非常に深刻であるが、ハイテクによる対応がこれらの国で役立つとは思えない。
一部の解釈に反し、赤ちゃんのDNAにクリスパーを使用することの核心は、HIVに感染した父親のHIVウイルスから赤ちゃんを守るためではなかった。この論文に説明されているように、これは定評のある手法である精子洗浄により実現した。その代わりに、遺伝子編集の目的は、子どもたちの成長後にHIVへの免疫をもたらすということだった。つまりこの実験は、両親または子どものいずれにも、明確かつ即時な医学的な利点をもたらさなかった。では、夫婦はなぜ実験に同意したのだろうか。理由のひとつは、そもそも不妊治療を受けるためだったのかもしれない。
—リタ・ヴァッセナ: この実験的なゲノム編集の機会を提供した夫婦の夫がHIVに感染していることから、この夫婦に不必要な精神的プレッシャーをかけて、患者の病状や子どもの健康を改善させるわけでもなく、望ましくない結果が発生する可能性がある処置に同意させたのではないかと危惧している。HIV感染は、遺伝性疾患のように何世代にもわたって伝えられていくのではなく、胚がウイルスに「感染」する必要があることは知っておいた方がよいだろう。この理由から、患者のウイルス量を適切な薬品によって管理したり、体外受精の作業中に配偶子(精子や卵子など)を慎重に扱うなどの予防措置をしたりすることで感染を非常に効果的に回避できる。現在の生殖補助医療では、HIV陽性の男女の安全な生殖を確保し、水平 (パートナー間)および垂直 (親と胚/胎児間)感染の双方を回避できており、これらの場合は胚の編集が不要である。事実、この実験に参加した夫婦は、HIVウイルスが潜伏している可能性のある精液をすべて除去するための長時間の精子洗浄からなる生殖補助医療(ART)処置を受けている。延長した精子洗浄は、世界中のIVFクリニックで約20年間にわたり何千人もの患者に実施されている手法であり、この手法は誰の経験においても親とその将来の子どもの双方に安全で、胚に対する侵襲的な処置も不要だ。
—シェイディーグローブ不妊治療クリニック (Shady Grove Fertility)の生殖内分泌科医ジーン・オブライエン医師: 中国では、HIV陽性になることは社会的に非常に不名誉なことである。子どもを作るという非常に強い家族や社会的な義務があるにもかかわらず、HIV陽性患者は不妊治療を利用できない。この臨床試験が実施された社会的な背景には問題があり、弱い立場にある患者のグループをターゲットとしていた。この研究は、社会的問題の解決に向けた遺伝子治療をもたらしたのだろうか?この夫婦は無理強いはされなかったのだろうか?
ここではクリスパーが実際に双子にもたらした変更について科学者が説明する。研究チームは体外受精させた胚からいくつかの細胞を採取し、DNAを調べ、CCR5遺伝子を無効化させることを目的とした編集に成功したことを確認したとしている。
しかし、フー元准教授らは、これらの編集で遺伝子を無効化することにより、HIVに対する耐性をもたらすことを「期待」する一方で、これを確信することはできていない。彼らによる遺伝子編集は、自然に発生する突然変異であるCCR5Δ32に「似て」いるが、同じではないからだ。さらに、これらの胚のうちわずか1個だけがCCR5遺伝子のコピーを双方 (両親からひとつずつ)持っており、その他の胚は編集された遺伝子がひとつだけであり、HIVへの耐性はせいぜいよくても部分的なものになると思われる。
—ハンク・グリーリー教授:「成功した」というのはここでは怪しい。遺伝子編集された胚のうち、何百万人もの人にあることが知られているCCR5の32塩基対が削除されたものはなかった。代わりに、胚または最終的な赤ちゃんは、効果が明確に分かっていない、全く新しい種類の遺伝子変異を受け入れさせられたのだ。さらに言うと、HIVへの「部分的な耐性」とはどういう意味なのだろう?どれぐらい部分的なのだろう?従来ヒトには見られなかったCCR5遺伝子を持つ胚を、妊娠する可能性を見込んで子宮に移植することを正当化するのに見合うほど十分だと言えるのだろうか?
クリスパーは、完ぺきなツールではない。ひとつの遺伝子の編集を試みることで、他の意図しなかった変化がゲノムのその他の場所に発生することがある。フー元准教授のチームは、「オフターゲット」突然変異と呼ばれる、望まれない遺伝子編集を探すことについて論文でとりあげているが、たったひとつしか見つからなかったとしている。
しかし、この探索は不完全なものであり、研究者が試験目的で初期の胚から取り出した細胞は実際には双子の体になっていないという要点を取り繕っている。分裂して双子に成長する残りの細胞にもオフターゲット効果が含まれていた可能性があるが、妊娠する前にはそれを知る由もなかった。
—フョードル・ウルノフ教授:実際のデータをあからさまに偽ったものであり、見え透いた嘘としか言いようがない。胚を破壊してその中の細胞を全て検査しない限りは、編集された胚に「オフターゲットの突然変異が見られない」ことを確認することは技術的に不可能である。これは、ここで著者らが隠蔽している胚編集分野全体における重要課題である。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙をはじめとする様々な報道機関による報道は、フー元准教授のチームが血液サンプルをすり替えて医師らを騙し、遺伝子を編集した子どもを誕生させるプロジェクトに携わっていることを知らせなかったと非難している。もしそれが本当なら、患者の利益を最優先として行動をとることが医師の義務であるため問題となる。
—ジーン・オブライエン医師:この論文にあったIVF処置は、クリスパーがゲノム編集に使われたどうかにかかわらず、同様の手順とスケジュールに従って実施されていた。IVFを実行した中国人医師は、父親のHIVの感染や、胚が遺伝子操作されたものだったことを知らなかった可能性がある。フー元准教授に必要だったのは、受精時にクリスパーを注入してくれる協力的な発生学者だけだったのだろう。フー元准教授のコメントには、IVFを実行した医師がその後の移植にどの胚を使用するのかという意思決定には関与していないかのように書かれていた。これはIVFに関与する医師への警鐘だ。科学とテクノロジーは進歩し続けており、子どもがほしくてたまらないが不妊の問題を抱える夫婦は、分からないことを見過ごしたり、このテクノロジーの安全性が証明されたと思いこんだりしてしまう可能性がある。不妊症専門医が生殖細胞系列を編集した胚だということを知りながら移植したとしたら、それは実質的に、両親や将来生まれる子どもに対して遺伝子改変の安全性を請け負ったことになる。そもそも一体全体、そんなことが分かるのだろうか?
現時点までに数件のマスコミの報道やフー元准教授らの研究に詳しい人々は、遺伝子編集を施した双子が生まれたのは11月ではなく10月だったことを確信している。フー元准教授らのチームが日付を偽った理由は、患者とその双子の匿名性を守るためだったのかもしれない。深セン(深圳)のような人口1300万人の大都市でも、毎月生まれる双子の件数はわずか数百件だろう。日付を偽ることで個人情報の再特定をより難しくさせようという試みだったのかもしれない。
この論文に含まれている倫理に関する論考は非常に簡素なものである。研究計画が中国の臨床試験登録局(China Clinical Trial Registry)に登録されたと記載されているが、実際に公的な登録がされたのは、双子が生まれた後だった。
—ハンク・グリーリー教授:いつ登録されたのか?その答えは、双子の誕生後、その誕生が発表されるわずか前の2018年11月8日であり、おそらくこれは出版の可能性を引き上げるためだったのだろう。これは標準的な登録ではなかった。倫理審査で承認されたのかもしれないが、病院はこれを否定している。誰が真実を話しているのかを知ることはできないだろう。包括的な倫理審査に関し、「我々が聞いているのは」という文章はあまり強力な証拠とはならない。また、この原稿では中国ではHIV陽性の両親への生殖補助サービスが禁止されていることが取り上げられていない。伝えられるところによると、フー元准教授は、必要なHIV検査を受けるために子どもを欲しがっている男性のふりをする人を用意していたということだ。この原稿ではこのことについても触れていない。私には、これらのことは本当であり、なおかつ破滅的なもののように思える。もしそれが真実であるなら、フー元准教授は中国の規制プロセスを騙したことになる。
ここでは、中国の研究チームが双子から血液を採取し、編集された細胞が本当にHIVへの耐性があるのかを確認する計画が概説されている。だが、それは、この双子を作り出す前に検査すべきことだ。胚を移植する前に冷凍保存し、同時に実験用の細胞で同一の編集を実施し、これらの細胞へのHIVの影響を検査できたはずなのだ。
—フョードル・ウルノフ教授:この記述は、研究チームが、胚を提供した夫婦や、生まれる可能性のある子どもたちの利益よりも自分たちの利益を優先させたことを証明している。この原稿には新型のCCR5が必ずHIVを予防できるという期待の裏付けとなる証拠がまったく見当たらないが、これは胚が移植される前に確定することが絶対に必要だった。研究室で免疫系細胞を同様に編集し、これらの細胞をHIVに感染させると、HIVへの耐性があるCCR5を持つ細胞のみが生き残る。この研究チームはそうした分析評価をせず、その代わりに、機能的影響がまったくわからない種類のCCR5を持つ胚を使って子どもを作った。研究者は急いでいたのだろうか?それとも単に意に介さなかっただけなのだろうか?その説明がどうであれ、この初歩的な倫理と研究規範を違反したひどい実験は犯罪すれすれだ。
この原稿の結論には、予想外の余談が含まれている。このプロジェクトをアフリカ大陸のHIVの流行の中心地とつなげることで、この研究を正当化する全く新しい根拠にしようとしているのだ。HIVに感染したアフリカの母親を持つ非感染の子どもの多くは、様々な小児疾病にかかりやすくなる「HEU」と呼ばれる症候群に苦しんでいる。フー元准教授らは、ゲノム編集がHEUに対する「新種の方策」になるかもしれないという。
この考えを裏付ける証拠はどこにも見当たらないが、彼らがどこでその考えを思いついたのかを示すヒントがいくつかある。2018年11月22日にフー元准教授は、当時、自身の会社の1つの顧問を務めていたマサチューセッツ大学の生物学者、クレイグ・メロー教授に宛てた電子メールで、メロー教授に話題の提案を感謝し、メールに前述の節と同じものを添付している。
つまり、2006年のノーベル生理学医学賞受賞者でもあるメロー教授が、この論文のアイデアに貢献したということなのだろうか? メロー教授は、早くから双子のプロジェクトの話を聞いていたが、広報担当者を通じて、フー元准教授に論文の書き方についてアドバイスしたことはないといっている。しかしながら、フー元准教授の電子メールによると、そうしたやり取りには返事をしないままにしているという。「再度言いますが、ここで何が起こっているのかについては、あなたの知り合いには何も話しません」とメロー教授宛てのメールに記している。
原稿は、フー元准教授いわく、本文の草案に関する意見を直接伝えてくれた人々や、その他のアドバイスを提供してくれた人々に感謝を述べて締めくくられている。本文の編集に対する謝辞には、カリフォルニア大学の研究者であるマーク・デウィット博士の名前が記載されている。デウィット博士は電子メールでの質問には回答していないが、以前に自分の役割を説明しており、プロジェクトの実施を警告したという。スタンフォード大学の倫理学者であるウィリアム・ハールバット教授は、フー元准教授に倫理に関するアドバイスを提供したものの、子どもを作っていたとは知らなかったと言う。
フー元准教授はまた、英国の馬繁殖の専門家であるW.R・「ツインク」・アレンや、アレンのかつての生徒で現在では米国最大の不妊治療センターの1つ、ニュー・ホープ受胎センター(New Hope Fertility Center)の所長となっているジョン・チャンとしても知られるジン・チャンにも謝辞を述べている。この報告書によると、2018年後半にチャンはフー元准教授と一緒に、遺伝子編集ベビーを目的とした医療観光事業を開業することを計画していた。
これらの名前の中で、クリスパー・ベビーの研究に関して名前が挙がっていなかったのはアレンだけだ。アレンは我々の電子メールには返答していない。自分の役割について公表していないチャンは10月に、この原稿については知らず、「今まで見たことがありません」と語った。
我々の手元にあるバージョンの原稿には、通常は科学論文に開示されるはずの非常に重要情報が2件開示されていない。1つは、このプロジェクトの資金提供者、または著者が実験の結果により受け取る金銭的な利益などに関する情報、もうひとつは、各著者の科学的貢献の詳細を著した情報である。つまり、この論文におけるただ1人の中国人ではない著者、テキサス州のライス大学のマイケル・ディーム教授の役割について明示的に説明されていない。ディーム教授の患者との直接的な関わりにおいてどんな役割を果たしたかによって、同教授またはライス大学に課される罰が決定される。ディーム教授の弁護士は、同教授がこの研究における役割が最小限なものであるという以前の声明の写しの要求をはじめとする、我々の質問に回答していない。ライス大学によると、調査が継続中だということだ。
この論文に添付されたいわゆるサプルメンタリー(補足)資料のデータは、フー元准教授が以前公表した表だった。この資料にはフー元准教授のチームがCCR5遺伝子に実施した編集により何が起こったかを調べるためのクロマトグラムのデータや、胚や双子の胎児付属物 (臍帯や胎盤)のDNA配列から読み出されたデータが記載されている。
MITテクノロジーレビューに論説を寄稿したムスヌル准教授をはじめとする一部の観測筋によると、これらのデータからは、胚が「モザイク」状態、つまり胚のさまざまな細胞が異なる方法で編集されたものであったことが明らかに示されているという。フー元准教授によると、所定のDNAの位置で重複する信号で複数の特徴的な測定値が検出されるクロマトグラムから、複数の遺伝子編集が存在していることが分かるとしている。
このデータが意味するのは、双子の体は、さまざまな方法で編集された細胞が複合したもの、あるいは全くそうではない可能性があるということだ。ムスヌル准教授は、双子の細胞の一部のみにHIV耐性のある遺伝子編集が実施されており、その他の細胞には未検出ではあるが、健康問題の原因となる可能性のある「オフターゲット」編集が実施されている可能性があると指摘する。モザイク現象の問題については、動物の胚に実施した実験からフー元准教授も熟知していた。この研究プロジェクトに関する謎のひとつに、なぜフー元准教授は、この方法では不備の生じる胚を使って研究を進めたのかということがある。
フー元准教授は原稿でこの謎について解き明かしていない。「(この実験の)CCR5遺伝子については、遺伝子編集のモザイク現象を調べるために、すべてのサンプルにディープ・シーケンシングを実施している」と記載されているだけだ。 発見されたものについての解釈や、データがモザイク現象を示しているという認識、あるいはモザイク現象が問題だという認識についても記載されていない。
—フョードル・ウルノフ教授: フー元准教授の研究チームは、モザイク現象を可能な限りゼロに減らすまで努力を重ねるべきだった。この実験は完全に失敗した。彼らは無理やり実験を推し進めたのだ。
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