2019年9月3〜7日の会期で早稲田大学早稲田キャンパスで開催中の第37回日本ロボット学会学術講演会で、同学会初の試みとして初日の午前中に7社の企業を集めた記者会見が行われた。そのうち3社が早稲田大学岩田研究室の技術をベースとしており、医療・介護をアプリケーションとしている。レポートする。
第37回日本ロボット学会学術講演会は、新たな社会基盤としてのロボット技術から、学術的可能性を探究するロボットサイエンスに至るまで650件の様々なロボット技術の発表が行われる。
早稲田大学発ベンチャーの株式会社INOWA(イノワ)は超音波検査ロボット「Tenang(テナン)」を開発中だ。社名は「イノベーションの輪」を意味する。現在の妊婦健診は妊婦・産科医双方にとって負担が大きい。妊婦は検診場所まで足を運ばなければならず待ち時間も長い。超音波検査は産科医の熟練度に品質が依存しており、産科医は不足しており業務量が多い。そこでINOWAは、妊婦は自宅の近くで楽に受けられ、医師にとっても業務負担の少ない検診の実現を目指す。
そのための手法が、超音波画像を一定の品質で得ることができるロボットの活用だ。医師が健診現場にいなくても医師の手技をロボットで実現できる。「Tenang」は定荷重ばねを用いることで一定の力で柔らかく、かつガイドリンクを使うことで垂直に妊婦の腹部にプローブをあてることができる。独自の螺旋状走行で妊婦腹部に負担をかけないように動かすことで、高品質な画像が得られるという。妊婦の腹部の不快感が解消されるという。
その画像をAIを使って診断補助とすることで医師の負担を減らすことも目指す。深層学習を使って胎児の姿勢検知も行うことができる。ネットワーク・クラウドや自動診断技術については現在連携先を模索中で、将来的には未来の妊婦健診コンソーシアムの実現を目指す。5年以内には各技術をつなげて「未来の妊婦健診」を実現していきたいという。
株式会社 ROCK&LOTUSは、がん治療用ロボット「IRIS(アイリス)」を開発中だ。末期ガン・再発がんを主たるターゲットとしており、皮膚表面から10cm~15cm程度奥にある数ミリの腫瘍に対して正確に25ゲージ(0.5mm)の針を刺しこんで、薬液や細胞を注入することができるロボットである。
株式会社 ROCK&LOTUS取締役でもあるICVS東京クリニック医師の蓮見賢一郎氏は、樹状細胞を腫瘍内に投与する「HITV療法」について解説した。「HITV療法」はヒト由来のがん抗原をワクチンとして用いる治療法。異物を認識してT細胞に伝える役割を持つ樹状細胞を患者から取り出し、体内にある腫瘍に直接投与して、がんを異物として認識させて、抗原提示を強化させ、がんを攻撃するCTL(キラーT細胞)を誘導させる。
適応と非適応はあるが、大きさの小さい固形腫瘍に関しては、放射線治療や化学療法など一般治療と併用することで高い治癒率があるという。
通常の樹状細胞治療は手術で摘出した組織を用いるが、HITV療法ではCT画像下で直接針を刺して腫瘍自体をワクチンとする。だがこの作業が難しい。特に、細いため血管に刺してもほとんど出血しないが、そのかわりに曲がりやすい25ゲージの針をたわませることなく、身体の奥にある腫瘍に3mm以下の誤差で正確に刺すのは熟練の医師でも難しい。
「IRIS」はこの作業を自動化する。力覚センサーで針先に加わっている力を検知しながら回転と振動を組み合わせた制御によって、針をまっすぐ刺すことができる。制御なしだと6mmくらいの誤差が出てしまうところを0.1mmくらいの誤差、生体内であっても2mmくらいの誤差で収めることができるという。回転・振動による組織への損傷もない。「これによってどんな医師であっても熟練の手技を再現できる」と早稲田大学の岩田教授は語った。
また医師はロボットを離れた場所から操作することで、腫瘍の位置を繰り返し確認するためのCTスキャンによる放射線の被曝量も抑えることができる。
2020年に臨床モデルを開発し、2022年に人を対象とした臨床試験実施、2023年に薬事承認申請を目指す。将来的にはロボットが完全自動で樹状細胞をどんどん注入していけるような、自律手術ロボットの開発を目指すという。
株式会社TWOの子会社として9月2日に設立されたばかりの株式会社オムツテックは、「プリンテッド・エレクトロニクス」技術を応用した次世代オムツセンサーの製品化を目指す。厚生労働省によれば介護人材は5年後には37万人の不足に陥ると考えられている。なかでも2、3時間ごとにオムツをチェックする必要がある排泄介護の負担は介護者・被介護者双方にとって大きい。そのため排泄ケアは世界でも注目されている。オムツテックは介護者も被介護者も快適な社会の実現を目指す。
オムツテックが製品化を目指すセンサーは、排泄物による濡れをセンサーで検知して自動通知するもの。水に濡れて溶けるオブラートを使用しており、尿がかかるとオブラートが溶けて通信が遮断され、それを検知して通知する仕組み。アンテナ内蔵のベッドと併用することで、センサー自体はバッテリーレスで動作する。非常に簡単だが他にはないデバイスであり、労働負担を大幅に軽減できると考えているという。
現状も濡れ検知センサーはあるが、非常に大きく装着が難しい、価格が高いといった難点があり、実用レベルに到達していない。オムツテック取締役の斎藤こずえ氏は「もっとも大事な点は持続して発展してくこと」であり、そのために価格が重要だと述べた。オムツテックのセンサーは使い捨てであり、一枚あたり数円から数十円程度と圧倒的低コストで量産ができるという。早ければ1年から1年半後の商品化を目指す。
森山和道 サイエンスライター
サイエンスライター、科学書の書評屋。1970年生。広島大学理学部地質学科卒。NHKディレクターを経て現職。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。